――能力に見合った環境があれば、ギフティッドの子が抱えやすい生きづらさも変わるのでしょうか。
角谷:子ども時代に、知的能力の高さだけでなくその子のありのままの姿を受け入れてもらい、能力に見合った教育環境でニーズを満たされながら成長する。そうすれば、生涯にわたって適応がよい傾向があることが研究で示されています。
たとえば、ギフティッドスクールやギフティッドクラスで力を発揮できていた子は、そうでなかったギフティッドの子よりも、子ども時代だけでなく生涯にわたって健康状態がよく、適応もよいという研究があります。
――日本の学校教育は、ギフティッドの子と相性がよくないのでしょうか。
角谷:相性が悪いというわけではないんです。むしろ、現在の教育制度のなかにもギフティッドの子に適した仕組みはあります。たとえば総合的な学習の時間は、理念上はギフティッドの子にとても合うはずです。発展的な課題を取り入れることの大切さも、ずいぶん前から言われています。
――学校教育の仕組み自体は合っているのに、なぜギフティッドの子が苦しむことになってきたのでしょうか。
角谷:10年ほど前までは、保護者も教育現場の先生も、臨床に携わる人たちも、ギフティッドという概念をほとんど知りませんでした。そのため、知的能力の高さが原因でいろいろな不具合が生じていることに気づけず、先生も保護者も困ってしまった。
ただ、文部科学省でも令和4年に有識者会議のまとめが出され、特定分野に特異な才能のある子どもたちのための特別の教育課程を、令和10年度から先行実施する方向で準備が進んでいます。学校現場に広がるのはこれからですが、制度の整備とともにギフティッドについての理解が広がっていくことが期待されます。教育の現場も今後どんどん変わっていくと思います。
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「ギフティッド=天才」「才能がある=生きやすい」。そんな思い込みが、目の前の子どもの困りごとを見えにくくしているのかもしれません。その子が抱えている退屈や孤独に目を向けることが、理解や支援への第一歩になりそうです。
<取材・文/大夏えい>
大夏えい
ライター、編集者。大手教育会社に入社後、子ども向け教材・雑誌の編集に携わる。独立後は子ども向け雑誌から大人向けコンテンツまで、幅広く制作中。