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「anone」はドラマ脚本家・坂元裕二の集大成。あのセリフが意味するものとは

ニセモノがホンモノになるとき

 それでも、ハリカを“こちら側”に踏みとどまらせ、中世古を紙切れ一枚分“あちら側”に連れて行ってしまった、2人を分かつものとは何だったのか。「息のしづらい人間には、この世界を恨む権利がある」という中世古に、ハリカはこう反論する。 ハリカ「亜乃音さんもそうだけど、青羽さんも持本さんもそうだけど、誰も誰かを恨んだりなんかしてない。辛いからって、辛い人が辛い人傷つけるの、そんなの一番くだらない。バカみたい!」  ハリカがこのような考えに至ることができたのは、紛れもなく亜乃音やるい子、舵らと出会ったからだろう。彼らの絆の根拠となるのは、血の繋がりではなく、毎日同じ食卓を囲んだり、揃って歯磨きをしたり、「ただいま」「おかえり」と言い合ったり、セミ柄のパジャマを気味悪がったり、ケーキフィルムについたクリームを舐めたり……といった、取るに足らない会話や、日常の些細な暮らしの作業だ。言い換えれば、“人が人を思う気持ちの積み重ね”である。 中世古「願いごとってさ、星に願えば叶うと思う? 願いごとは泥の中だ。泥に手を突っ込まないと叶わないんだよ」  中世古はそう言うが、たとえ「星に願う」ことが絵空事のフィクションにすぎなくても、そこに人を思う気持ちがあれば、「流れ星をまた一緒に見る」というハリカの約束は、彦星(清水尋也)の心を実際に動かしたではないか。  9話では、自分の好意のせいで治療を断ろうとしている彦星のために「君のこと、めんどくさくなっちゃった」と別れを告げるハリカ、自分の死期を悟らせないためにわざとるい子を迷惑だと退ける舵、一人で罪をかぶるためにハリカのことを「知らない子です」と突き放す亜乃音、という三者三様の“嘘”が描かれた。しかし、その真意はちゃんと相手に届き、思いは正しく伝わる。  そして、中世古も最後は、“人を欺くための偽札”ではなく、“人のためにつく嘘”を選んだ。火事の記憶を思い出してしまった陽人に対して、やったのは自分だと嘘をつき、彼の心を守ったのだ。このドラマにおいては、人が人を思うとき、“ニセモノ”は“ホンモノ”になるのである。
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忘れっぽい郵便屋さんは何を届けるか
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