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「anone」はドラマ脚本家・坂元裕二の集大成。あのセリフが意味するものとは

中世古はもう一人のハリカだったかもしれない

 かつてベンチャー企業の社長としてIT長者と言われていた中世古は、インサイダー取引で1年服役していた過去があるという。そして、自らが足元をすくわれた資本主義社会に復讐するかのように、偽札製造にとりつかれていく。 中世古「僕はね、これを犯罪だと思ってない。金を稼いでる人は誰だって、違うルールで生きてるんだ」  7話でそう語る通り、彼の行動原理は世間のルールとはかけ離れている。亜乃音に近づくために玲(江口のりこ)と付き合い、その息子・陽人(守永伊吹)が幼い頃に起こした火事をネタに揺すって、亜乃音を偽札製造に加担させるなど、目的遂行のためなら他人を道具に使うようなところが彼にはある。偽札の製造工程を説明するときだけ生き生きと雄弁で、彼自身の感情がほとんど見えてこないのも、不気味で冷淡な印象を与える。  ただ、ひとつだけわかるのは、彼もまたハリカや陽人と同じように、「みんなと同じにできない」生きづらさを抱えた人物である、ということだ。  9話で、偽札を使ったことがバレて警察に追われることになったとき、妻の結季(鈴木杏)が子供を親戚に預けて中世古のもとを去ろうとしても、彼は偽札製造の正当性を訴えるばかりで、妻が何に怒り、悲しみ、怯えているのかを意に介することができない。  最終回では、ハリカが「自首したほうが刑が軽くなるって」と出頭を勧めると、彼は「なんで?」と返す。反発やポジショントークではなく、おそらく彼は「罪は罪なのに、自首したかどうかでその重さが変わるのはどうしてか」が本当に純粋に理解できないのだと思う。  彼を「サイコパス」といった言葉で切って捨てるのは簡単だ。だが、他人の心情に共感したり、世間の空気を読んで同調したりすることが何よりも必須の能力として求められる社会では、中世古のような人はさぞ生きるのが苦しいに違いない。 中世古「生きてんの辛くないの? どうやって息してんの?」 ハリカ「辛いですよ。息しづらいですよ」  という最終回のやりとりからもわかるように、中世古は、ハリカや陽人が落ちていたかもしれないダークサイドの姿でもあるのだ。  この世界に生きている以上、私たちは傷つける側にも傷つけられる側にもなり得るし、それはコインの裏表のようにふとしたきっかけで反転する、一人の人間の持つ両面性にすぎない。そんな一貫した世界観は、4話で拳銃事件を起こして自殺した西海(川瀬陽太)について語る、舵のセリフにも表れている。 舵「俺もあいつも、同じ道歩いてて、一人だけ穴に落ちたんだ。どっちが落ちても不思議じゃなかった。あいつがしたことは、俺がするはずだったことかもしれないんだ」  坂元裕二の描く物語は、人を安易に“こちら側”と“あちら側”に分断しない。どんなに悲しい境遇も、醜い行いも、それは自分の身にも起きていたかもしれない地続きのできごとなのだ。
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ニセモノがホンモノになるとき
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