また、本作では素直になれないばかりにすれ違う親子関係も描かれています。劇中でキャリーと父親がセントラル・パークの「アンデルセンの銅像」で待ち合わせするシーンがありますが、このアンデルセンの銅像が開いている本は『醜いアヒルの子』。実は、
童話作家アンデルセン自身も“醜いアヒルの子”だったことを知っていますか?

『マイ・プレシャス・リスト』より
1805年、デンマークのフュン島の都市、オーデンセに貧しい靴職人の家に生まれたハンス・クリスチャン・アンデルセンは俳優かオペラ歌手になって有名になりたいという願いがありました。美声の持ち主ではありましたが、容姿に恵まれず芸術学校に行くお金もなかったアンデルセンは、14歳のとき母の反対を押し切って首都コペンハーゲンへ一人で向かいます。極貧のなか、王立音楽学校の校長に認められ、様々な人から教育費を捻出してもらい声楽を学びますが、1年もしないうちに声変わりで美声を失い、コーラス隊から外されてしまうアンデルセン。
ぼろぼろの服をまとい、食べる物にも困った貧困のなか何度も挫折を味わいながらも、なぜか彼を援助してくれる友人に恵まれ、23歳のときにコペンハーゲン大学に入学します。詩作からのわずかな収入と援助でなんとか学業を続けたアンデルセンは翌年、小説と戯曲を発表し、やっと世間から認められるように。その後、小説、戯曲、童話を書き上げ、世界中の人々に愛されるようになりました(※2)。
時には彼を非難したり、裏切ったりした人もいましたが、必ず支えてくれる友人もいたアンデルセン。彼の銅像が映画に登場する理由は、
とにかく自分を信じて一歩一歩歩んでいくことこそが、自己実現につながる。そして、どんなに辛いときでも他人との出会いによって救われることもある、ということでしょう。

『マイ・プレシャス・リスト』より
男性に見初められることによってヒロインが成長するシンデレラストーリーとは違い、青春文学や童話をメタファーに、ヒロインが自分の力で進歩する知的なラブコメ『マイ・プレシャス・リスト』。キャリーを演じるベル・パウリーのくるくるとした大きな瞳が愛らしく、キュートなニューヨーカーのファッションや冬のNYの街並みに胸もはずむ珠玉の物語です。
【参考】
※1…新潮社『フラニーとゾーイー』J.D.サリンジャー著 野崎孝訳
※2…偕成社『アンデルセン 夢をさがしあてた詩人』ルーマ・ゴッデン著 山崎時彦/中川昭栄 共訳
<文/此花さくや>
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此花わか
ジェンダー・社会・文化を取材し、英語と日本語で発信するジャーナリスト。ヒュー・ジャックマンや山崎直子氏など、ハリウッドスターから宇宙飛行士まで様々な方面で活躍する人々のインタビューを手掛ける。X(旧twitter):
@sakuya_kono