母親の不倫を知った息子の物語。そのとき家族は崩壊するのか?
厚生労働省の「平成28年度全国ひとり親世帯等調査」の結果によると、日本には約142万世帯の「ひとり親世帯」があり、その8.7割が「母子世帯」だと言われています。なぜ、母親ばかりが育児の責任を引き受けるのか――。そこには社会に深く刻み込まれている母性神話も一因ではないでしょうか。
そんな母性神話の崩壊を描いた映画『メモリーズ・オブ・サマー』が6月1日に公開されます。1970年代のポーランドを舞台に、父親不在の母と子2人暮らしのなかで、12歳の息子が母親の不倫を知り、痛みを感じながらも成長していくひと夏を、パステルカラーを色調にしたはかなく美しい映像で紡いだ傑作です。
しかも、愛情に飢えた母親と思春期の息子のどこか官能的な関係は、常に破滅的な気配が漂い危うげで、ノスタルジックながらもサスペンスフルな作品に仕上がっています。監督は、いま注目されているポーランド映画界の新鋭アダム・グジンスキ。自身の思い出を軸に創作したという彼に、母親と息子の関係や不倫について話を聞きました。
――本作が舞台となった1970年代のポーランドでは、劇中のピョトレックの父親のように外国へ出稼ぎに行くのが一般的で、母と子2人だけの家庭が多かったのですか?
アダム・グジンスキ監督(以下、グジンスキ監督)「1970年代末から80年代初期のポーランドは不況で、生活必需品が入手しづらくなっていました。共産主義の政権の下、西側諸国には自由に出入りできなかったので、ソ連やイラクに出稼ぎに行く労働者階級の父親が多かったんです。そうは言っても、ピョトレックのような子供たちは、父親が不在でも、日常生活の不安は感じていなかったと思います」
――この映画を観て、12歳の少年がこれほど繊細かつ冷静に、母親を観察していることに驚きました。
グジンスキ監督「子供はとても注意深く世界を観察しています。大人になると、自分の“目的”にそったモノしか視界に入ってこなくなりますが、子供には目的なんてないので、すべてが視界に入ってきます。
この映画の母親と息子の関係は、まるで恋人同士のような親密さがあるように見えますが、これは子供の視点から見る母子の関係なんです」
――では、母親のセクシュアリティや不倫は息子の目にはどのように映るのでしょうか?
グジンスキ監督「少年にとって母親というのは、ある意味、初めての恋愛対象とも言えます。本作の母親は夫がいないことから来る“感情の飢え”を息子にたくしますが、次第に、自分の満たされていない部分を不倫相手にたくすようになります。不倫は息子にとって大きな“裏切り”行為に等しいと言えるでしょうね」
――母親が家族を一番に考える聖母ではなく、性愛をもった普通の“人間”だということを息子が自覚すると、どうなるのでしょうか?
グジンスキ監督「母親のセクシュアリティを発見することによって、息子は痛みを感じながらも成長する……。母親のセクシュアリティと息子の成長にはなにか関連性があると、私は思いますね」
――なるほど。ちなみにポーランドでは“不倫”は道徳的に、あるいは社会的にどのように受け止められているのでしょうか?
グジンスキ監督「家庭以外に愛を見出だす女性は少なくないですよね。私自身、不倫する女性には共感できます。夫、子供、不倫相手の間で心が引き裂かれる気持ちも分かりますしね。
ポーランドでこの映画が上映されたときに、ある女性の観客に『この映画ほど女性“性”を尊重する作品は見たことがない。母親でも女性としての感情をもってもよいということを描いた映画ですね』と言われたことがありました。この映画は、母親の不倫の是非を問うものではない――。
どこの国でも、“男性の不倫はよくある話しだ”という父権社会的な考えが浸透していると思います。一方、女性の不倫はタブー。とはいえ、私が話した女性の観客のなかには、『母親が不倫するなんて絶対にダメだ』と言う人と、『いや、母親だって男性のようにセクシュアリティを求めるものだ』と言う人と真っ二つに分かれたんです。
それは、母性神話を押し付ける社会に影響された発言なのか、本心からの発言なのか、それぞれ違いますよね。この映画は女性解放へのプロセスとして、母親でもセクシュアリティがあるんだということを訴える作品だと、私は思っています」
母親は息子にとって最初の恋愛対象
母親の不倫は子供への裏切り……!?
男性のセクシュアリティのほうが優先されている社会
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6月1日(土)よりYEBISU GARDEN CINEMA、UPLINK吉祥寺ほか全国順次公開! 監督・脚本:アダム・グジンスキ 撮影:アダム・シコラ 音楽:ミハウ・ヤツァシェク 録音:ミハウ・コステルキェビッチ 出演:マックス・ヤスチシェンプスキ、ウルシュラ・グラボフスカ、ロベルト・ヴィェンツキェヴィチ 原題:Wspomnienie lata /2016年/ポーランド/83分/カラー/DCP 配給:マグネタイズ 配給協力:コピアポア・フィルム