一人のクリスマスに感じる“さみしい”の正体とは?女34歳の決断
【おおしまりえの幸せな人生の迷い方】
恋愛ジャーナリストのおおしまりえです。
クリスマスまで、あとちょっと。
今年は12月に天皇誕生日もないし、クリスマス当日はド平日なので、なんだかウキウキした気分にならない……って思っていたけれど、街中の赤や金の彩りを見かけると、妙に心がざわつく人はいませんか。
個人的な話ですが、今年の3月に、4年半付き合った男性と婚約破棄をしました(詳しくは過去の連載『目指せ!デキたら婚』参照)。その後も何人かとお付き合いしては別れ、すごく久々に、相手もいないし恋もしていない、完全に“独り”の状態になりました。
数えてみたら、なんと10年ぶりのお一人タイム。せっかくならこの時間をたっぷりしっかり味わってみることにしました。
すると感じたのが、先程書いた、クリスマス前の“さみしい”という感覚です。当日は仕事をしてクタクタになって帰って寝るだけなのが目に見えているのに、クリスマスまでの間で感じるこのザワッとする感覚は何なのでしょう。
クリスマスらしい空気感を感じた時、ふと思ったのは「私はこのイベントを楽しむ理由がない」という感覚でした。
もちろん、一人でも楽しもうと思えば十分楽しめますが、私はそもそもクリスチャンでもないし、彼氏がいた頃だって、クリスマスらしいことをしていた訳ではありません。しかし、「楽しみたいと思ったら、誘う相手がいる安心感」が、当時はどうもあったようです。
そんな気まぐれで声をかけられたら、当時の彼氏もたまったもんじゃないとは思うのですが、こういう「いざとなれば」の相手がいることが、想像以上に私にとって心のセーフティネットになっていたことを痛感しました。
自分の気持を理解すると、意外と精神的に脆(もろ)いんだと感じます。私は恋愛ジャーナリストとして、恋愛に関係する心理学を学び、データを読み、分析し、恋愛のカラクリを普通の人以上に知っている人間です。でも、さみしいときはさみしいし、世間一般的な空気感に押しつぶされそうになることもある。
本質的には非常にもろくてさみしんぼ(なんて言うと可愛らし過ぎますけど)。30代になっても、そんな面倒臭い女性らしさが残っていることを、この冬の風から感じ取ることになりました。

“さみしい”という感覚はどこからくるのか
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