「まいんちゃん」福原遥と「天才サッカー少年」久保建英が電撃婚。小学生から“人知れず泣いて”も勝ち残ってきた2人の共通点
10月2日、俳優の福原遥さん(28)とサッカー日本代表の久保建英選手(25)が結婚を発表。これまで交際報道もなかっただけに、SNSには驚きと祝福の声が続出し、まさに“電撃婚”となりました。
俳優とサッカー日本代表、28歳と25歳という3歳差。一見すると接点が想像しにくい2人ですが、これまでの人生を振り返ってみると、共通点があることがわかります。
それは、2人とも小学生の頃から“有名人”として、期待やプレッシャーの中で生き抜いてきたことです。
福原さんが芸能活動を始めたのは小学1年生のとき。本人は当時について、もともとはダンスを習いたくて、友人に誘われた場所がたまたま子役事務所だったと説明しています。
転機となったのが11歳。『クッキンアイドル アイ!マイ!まいん!』(NHK Eテレ)の主人公・柊まいんを演じ、全国的な人気者となりました。当時の福原さんを知る世代にとっては、28歳になった現在も「福原遥」より先に「まいんちゃん」が浮かぶ人も少なくないでしょう。
しかし、常に順風満帆なキャリアを歩んだわけではありませんでした。17歳のときのインタビューでは、『まいん!』で初めてアフレコに挑戦した際、周囲のベテラン声優のようにできなかったことが悔しくて涙したことを過去のインタビューで告白。
また『ピチレモン』でモデルを始めた頃も、うまくポージングできず何度も泣いたと振り返っています。それでも「できないことがあると燃えるタイプ」で、泣き止んだらすぐ練習していたという福原さん。
子役出身として周囲から持てはやされてきたかと思いきや、小学生の頃から大人と同じ仕事の現場で悔しさを味わいながら、ストイックな性格で常に努力してきた結果、今の国民的女優としての活躍に至ったことがわかります。
一方の久保選手も、サッカーファンならずとも「天才サッカー少年」として幼い頃から名前を知っていた人は多いでしょう。2011年、10歳で世界的名門FCバルセロナの下部組織に入団。当時、外国人の少年がバルセロナの育成組織に入ること自体が珍しく、しかも日本人の10歳ということで大きな話題になりました。
小学生にしてすでに「ただサッカーがうまい少年」ではいられなくなっていた久保選手。その後も「バルサ帰り」、「神童」、「日本サッカー界の至宝」など、大きな期待はついて回りました。そして16歳でプロ契約を結び、FC東京でトップチームに挑戦した際には、当時監督だった長谷川健太氏が、久保選手を「日本サッカー界の金の卵」と表現。育てる側にも「責任感やプレッシャー」があったとまで明かしています。
11歳から「まいんちゃん」として知られた福原遥
10歳でスペインへ、神童と呼ばれた久保建英
今では日本代表の中心選手となった久保選手本人ですが、当時はこうした世間からの期待やマスコミからの注目に悩み、プレッシャーに悩んだ過去があります。21歳のとき、2022年6月10日のキリンカップ・ガーナ戦後で代表初ゴールを決めた際には「もうこのまま一生入らないのではないかと思う時もありました」とも語っていました。 幼い頃から期待され続けた“天才少年”には、常人が想像もできないような重圧や葛藤があったでしょう。
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