藤圭子・宇多田ヒカル「母娘物語」の不吉な予言

 藤圭子さんの転落死(8月22日)の真相について、さまざまな憶測が飛び交っている。斎場に姿を現さなかった娘の宇多田ヒカルさんは、26日に初めて公式HPでコメントを発表。藤さんが長いあいだ「精神の病に苦しんでいた」ことや、「母の娘であることを誇りに思います」と胸の内を明かした。

 なにやら確執がありそうな母と娘は、どんな関係だったのだろうか?

「この母娘は似すぎている、それが恐ろしい」



藤圭子,宇多田ヒカル 藤さんの原点をもっともよく知る人は、作詞・作曲家の石坂まさを氏だ。デビュー前から藤さんと共に闘ってきた“戦友”だが、その石坂氏も今年3月に病死している。

 石坂氏は『宇多田ヒカル 母娘物語』(1999年、ゴマブックス)という、そのものズバリの著書を出版している。もう絶版なのだが、図書館で借りて読んでみた。

 同書は宇多田ヒカルさんがミリオンセラーを連発していた全盛期に書かれた。にもかかわらず、現在を予言しているのかと思うほど、暗く不吉なトーンが全編を覆っている。

 そして帯文には「この母娘は似すぎている、それが僕には恐ろしい」とある。

 石坂氏が、ヒカルさんと初めて会ったのは、彼女が7歳の頃。「この子は天才なのよ」と売り込みまくる母・藤さんの横で、ヒカルさんは漫画を読みふけっていた。「それは、母・藤圭子が僕と初めて会った日の姿、そのままだった」という。10代の藤さんが両親に連れられてきた日、藤さんも漫画を読みふけっていたそうだ。

ヒカル・7歳の「どこか投げやりな目つき」



 初めて会ったヒカルさんの印象については、こう書かれている。

どこか投げやりな目つきと漫画を見て笑っていた横顔に淋しいかげりがあったように思う

 そして藤さんは、一枚の便箋を取り出し、「これヒカルからの手紙なのよ」と言って見せたという。

「便箋の中には、『ママ、どうしてお仕事に行くの、ヒカル淋しいの』とたどたどしいヒカルちゃんの字が、二行だけ淋しく泣いていた」

 ヒカルさんの祖母の話では「7歳頃まで孫の面倒を見ていた」そうで、藤さん夫妻は娘を預けて「どさ回りしていたのではないだろうか」と石坂氏は推測している。幼い藤さんが浪曲師の母と各地を回っていたように、藤さん親子も日米を行き来していたのではないか、と。

やはり2人は似ているのだろうか?



 それにしても、ヒカルさんに賭ける藤さんの執念はすごかったらしい。母親が自分の夢を娘に託して、異常なまでに執着する――ありがちな母子密着だったのだろうか。

 だが、娘はいつまでも母の思い通りにはならない。藤さんが最初に引退を考えたきっかけは紅白歌合戦の落選だったそうだが、その紅白をヒカルさんがあっさり出場辞退したことは「悪夢のような気がする」と石坂氏は書いている。

 藤圭子さんが「新宿の女」でデビューしたとき、作家・五木寛之氏はエッセイで「彼女は酷使され、やがてレコードの中にある輝きを失うのではないか」と不吉な予言をした。

藤圭子,宇多田ヒカル 対して、歌手・宇多田ヒカルが登場したときは、ニューヨーク仕込みのドライな新世代、というイメージが喧伝された。でもそうではないことに石坂氏は最初から気づいていたし、ファンもだんだん気づいていった。2009年の『CUT』の宇多田ヒカル特集は、「彼女の歌が本質的に“悲しい”のはなぜなのか」がテーマだ。そして2010年、彼女は母親と同じように、いきなり活動休止してしまった。

 ちなみに、27歳だった石坂氏と母親の家に、17歳の藤さんが一緒に暮らしていたこともあるそうだ。「僕の思いは、恋以上のもので愛だった」と石坂氏は書いている。奇しくも、藤さんが死亡したのは、「石坂さんを偲ぶ会」の前日だった。 <TEXT/女子SPA!編集部>

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