ディーン・フジオカ、日本を離れた意外すぎる理由

 NHKの連続テレビ小説『あさが来た』の五代友厚でブレイク中のディーン・フジオカ(35歳)。高校卒業後に日本を離れて以来、ずっと海外で活動していたために、「この人は誰!?」とお茶の間はざわめき立ったのでした。
 前回の記事『ディーン・フジオカ、「五代さま」と次なる「ドS男」役を語る』に続き、ディーンさんの素顔に迫ります!

日本を出た決め手は、なんと「花粉症」



―――ディーンさんは、なぜ日本を出てアメリカの大学に行こうと思ったのでしょうか?

ディーン・フジオカ(以下ディーン):花粉症がひどくて。

―――ええっ?

ディーン:いや、笑い事じゃないくらいひどかったんですよ。昔は今ほどいい薬がなかったですし、「ここでは生きていけないな」という気持ちがどこかにありました。

 もっと志の高いことを言うなら、ITをアカデミックに勉強するならアメリカだな、と。あと、父親がよく海外出張して外国の映画や音楽のソフトを買ってきてくれたので、海外に興味が強くあったことも理由の一つです。

 でも決め手になったのは花粉症かもしれない。「それだけじゃない」ってことは強調しておきますけど(笑)。

ディーン・フジオカ1―――そのあと、どういう経緯で香港・台湾でモデルや俳優になったんでしょうか。

ディーン:大学を卒業した後、そのままアメリカ住んで仕事するつもりでしたが、9・11の影響でビザが取れなくて。そんな中、大学入学当時の教授が「これからはアジアの時代だ!」と話していたことがずっと気にかかっていたのを思い出して、自分のルーツであるアジアを放浪してみようと思ったんです。

 それでアジアをバックパッカーとして旅行してたのですが、渡航先の一つだった香港でオープンマイクのイベントで飛び入りでラップをしたところ、たまたまクラブに香港のファッション誌のエディターがいて、モデルにスカウトされました。

 当時は旅を続けるための仕事として、お金をもらえるならという意識でしたね。その後、雑誌の仕事から、MVやCMなど映像の仕事も増え、モデル以外の仕事の幅が広がっていきました。

 そんな中、映画『8月の物語』(2005年)で初めて役者として映画出演をしたのがきっかけで、台湾からドラマへの出演依頼をいただきました。同時に2本もオファーをいただいたので、1年間は台湾にいることになるなと思い、生活のベースを香港から台湾に移したんです。

猛反対された“日本デビュー作”



―――日本でのデビューは、かなり変わった映画『I am Ichihashi ~逮捕されるまで~』(2013年)でしたね。実際の事件…イギリス人女性を殺して逃亡した市橋達也を描いたもので、主演・脚本・監督・音楽まで!

ディーン:この映画には、相当な覚悟をもって挑みました。この映画に自分が出演することで、もう一生日本で仕事が来ないという可能性もあり得ましたし、周囲からも猛反対されました。もしも事件があった当時、僕が日本に住んでいて事件を知っていたらこの仕事はやらなかったと思います。

 事件当時、海外にいて事件を知らなかったからこそ、自分がいない間の日本でこのような事件が起こる社会的な問題は何なのだろうかと、オファーをいただいた時点で事件のことを勉強していきました。

 半年くらいプロジェクトが動かなかったので、日々資料や情報を考察して、詰め込むだけ詰め込んでいくうちに、この映画を作ることで二度とこのような事件が起こらないようにしないといけない、という義務感や使命感を持つようになったんです。

 そんな頃、プロデューサーから、話があると急遽日本に呼ばれて。

 日本で生まれて、日本以外で生活した経験を活かした上でのアイデアや気付き、外からの視点でこの事件を切り取った作品を作ってほしい、と監督としてのオファーをいただきました。

I am ichihashi

『I am ichihashi』のワンシーン。朝ドラとは全く違う顔が見られる

―――映画を拝見しましたが、罪を犯すことについてどう捉えていますか。

ディーン:市橋受刑者にまったく共感はしませんし、人を殺すという行為は決して許されることではない。だが間違いを犯したり、その結果、人を殺してしまうといった可能性は誰にでもないとはいえない。

 例えば、今まで世界中を旅してきて、路上で喧嘩している人を見たときに、一歩間違えば殺し合いになるかも、と感じたこともあります。

 もしかすると世界のねじれは、ボタンの掛け違いのようなことの積み重ねで起こっているのかもしれない。なぜそのようなことが起こるかを自分なりに映画を通じて表現することで、二度とこのような事件が起こらなければいいな、という思いを持って監督しました。

尊敬する人は、ボクサーのパッキャオ



ディーン・フジオカ2

学生時代からボクシングをやっているそう

―――最後に、いろんな経験をしてきたなかで、目指したい人・尊敬する人っていますか?

ディーン:常にインスピレーションを受けるのは、フィリピンのボクサーで政治家のマニー・パッキャオです。

 彼がボクサーとしてデビューした頃は、一番階級の軽いミニマム級にすら体重が足りなかったんです。スラム街出身で、生きていくためにお金が必要だったので、ポケットの中に鉄を仕込んで体重をごまかして試合に出た。

 そんな人が今やスーパーウェルター級ですから。すでに6階級制覇をしていますが、それぞれの階級で最強と言われるヒスパニックや黒人のボクサーを次々に倒してきた。ある階級でチャンピオンになっても、また上の階級の挑戦者になって闘いを挑むんです。

 その姿勢はボクサーとして尊敬するし、また同じアジア人として感動や勇気をもらってます。

 彼が篤志家として恵まれない人たちのために活動していることもすばらしいと思う。何が一番すごいかって言うと、パッキャオが試合をすると、その日、犯罪件数がほぼゼロになるっていうことです。

 善人も悪人も、パッキャオの試合なら見る。パッキャオが試合をすると、結果、世の中がよくなってるわけです。エンタテインメントの仕事でも目指すところは同じで、社会にいい影響を与えられるような人物になりたいです。

 僕は学生時代からボクシングをやっているので共感する部分もありますし、引っ越すたびに家の玄関には“魔除け”として彼にもらったサイン入りグローブを飾っています。

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 インタビュー中、貧困や社会的弱者について何度も言及したディーンさん。世界で様々な現実を見てきたのでしょう。

 帰りぎわ、テーブルの上にあったお気に入りらしい「TOM FORD」のオイルを、「この香り、すごくいいですよね。嗅いでみてください」と手に分けてくれました。確かにいい香り! 気さくで飾らなくて、取材陣はもうメロメロでした!

<TEXT/和久井香菜子 PHOTO/我妻慶一  ヘアメイク/谷森正規(W)>

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◆和久井香菜子

ライター・イラストレーター、少女漫画コンシェルジュ。『少女マンガで読み解く 乙女心のツボ』(カンゼン)が好評発売中。ネットゲーム『養殖中華屋さん』の企画をはじめ、語学テキストやテニス雑誌、ビジネス本まで幅広いジャンルで書き散らす。街で見かけたおかしな英文から英語を学ぶ「Henglish」主宰。

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