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新婚ホヤホヤ44歳の私が出家した理由。スキンヘッドに夫の意外な反応とは

 初めまして、日向琴子です。2020年末に、高野山真言宗、別格本山「清浄心院」にて出家したらニュースになった。「新婚なのになぜ?」「お寺で暮らすの?」「出家した理由は?」「出家すると何が変わるの?」寄せられた疑問・質問もさまざまである。 image1 私の場合、山や寺にこもるような修行はこれからだし、仏教や密教もこの春から高野山大学で勉強を始める。宗派によって違いはあれど、出家し仏門に入ったからといって、いきなり僧侶として活動できる訳ではない。厳しい修行を経て、ようやく一人前の僧侶として認められるのだ。  人間、40年も生きてれば、それなりにいろんなことがある。とはいえ、どんな人生を歩めば、44歳で出家することになるのか? ご参考までに、自己紹介も兼ねて、私のとっ散らかった恥ずかしい半生をお伝えしたいと思う。

虐待と貧乏な生い立ち

 親兄弟から虐待を受けて育ったからか、いつも「血の繋がりとは何か」「氏か育ちか?」「生きる意味とは」「真理とは?」など、禅問答のような質疑応答を1人で延々と続けて遊んでいるような子供だった。  暴力を受けている間、泣いても叫んでも、見て見ぬフリで助けてくれない母に絶望した。「あんたなんか産まなきゃよかった」と言われたこともある。でも、私が虐待されることで、家族が幸せなら仕方ないとも思っていた。生まれ落ちた環境が劣悪だったら、自力で這い上がるしか生き残る術はない。人生はサバイバルだ。  家が貧乏だったので、お小遣いも自分で稼いだ。地元の新聞に毎週ポエムを投稿し、掲載されると1000円の図書券がもらえる。掲載率100%だったから縁起が良いと思い、後に漫画家デビューした際にもこの当時のペンネーム、日向琴子を使うことにした。  中学からは演劇部に入り、オタク道まっしぐら。BL小説を書いたり同人誌を作ったりして、漫画ばっかり読んでは妄想の世界に浸っていた。  子供のころから性的な目で見られることが多く、幼稚園生の頃は、近所で一人暮らしをしている男子大学生のアパートで、わけも分からぬまま毎日着せ替えごっこをさせられていた。中学時代は後ろから静かに近付いてきた車に拉致られそうになったことが何度もある。高校では学校帰り車で送ってくれた演劇部の顧問教師にラブホテルに連れ込まれた。  自分が「女」であるという現実が、嫌でも付きまとった。  振り返ってみれば、私の妄想癖は「ここじゃない別の世界に行きたい」という現実逃避が発端だったのだと思う。

高校中退、漫画家デビュー

女子高生

※イメージです

 14歳のころから、深夜にこっそり家を抜け出し、街を徘徊するようになった。学校ではいじめにあい、家では虐待され、どこにも居場所がなかった。高校は中退し、17歳で家を出た。一人暮らしの賃貸契約保証人は親ではなくバイト先のコンビニ店長である。  親を殺したいと本気で思うほど憎んだこともあったが、負の感情に取り憑かれている自分が嫌で、考えに考え抜いた結果、自分の中で親を許すことにした。憎悪への執着を手放すことで一気に気持ちが楽になった。  この頃から漫画を本格的に描き始め、出版社に持ち込みをするために19歳で上京。  東京に知り合いやツテなどまったくなかったので、寮付きのキャバクラで働いたらNo.1になった。この頃から、ハードモードだった人生が少しずつ楽になったように思う。  20歳で1度目の結婚。22歳で漫画家デビュー。23歳で別居。  20代から30代前半にかけては、ひたすら恋愛と仕事漬け。漫画は多いときで10名のアシスタントに囲まれながら、月産200ページ越えの締め切りに追われていた。  途中、アシスタント代が払えず、さまざまなアルバイトをしながら漫画家を続けていたので「才能ないのかも」と落ち込み、ハローワークで適職診断というものを受けてみた。3位は忘れたが、2位が彫金師、1位が宗教家であった。  そのとき、初めて宗教家という職業がこの世に存在することを知ったが「いずれ、その道に行くかもしれないな」と妙に納得したのを覚えている。
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34歳の大失恋、“おばさんの開き直り”からの44歳再婚
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