しばらく話を聞くと、全てはあの親指の骨折に端を発していました。あの怪我は無事に治ったものの、後遺症なのかときどき痛むことがあったそう。そして先日、ふいに親指の痛みを感じた瞬間に足を滑らせ、尻もちをついてしまったSは、今度は尾てい骨を骨折してしまったのです。 「その日がたまたま第一希望の就職先の面接だったらしくて……。結局、彼は行けずに落ちてしまったそうなんです。その後、怪我が良くなってから何社も受けたらしいんですが、ぜんぜん内定を貰うことができなくて、このままだと就職浪人になってしまう、と。彼の言い分としては『あの旅行で俺を苛つかせたお前が元凶だ』ってことらしいんですけど、そんなことを言われても、ねぇ……」 　詩織さんは呆れて「会話は録音してあるから、警察で判断してもらおうよ」と提案したところ、そのまま電話は切れてしまったそう。その後、詩織さんが大学で彼と遭遇することはなく、卒業式にも姿を見せなかったとか。後で同級生に聞いたところ、卒論も出さずに退学していたそうです。 「周りの友人たちは、Sはもともとそういう人だったんだと言ってくれたんですけど。心の中でちょっとだけ、Sの言う通りあの骨折事件で何かの歯車が狂ってしまったのかなぁと考えることもあるんです。今でも夏にバッティングセンターを見ると、あの出来事を思い出してしまいますね」 【他の記事を読む】⇒シリーズ「夏の事件簿」の一覧はこちらへどうぞ ＜文／もちづき千代子　イラスト／朝倉千夏＞