妻はシてくれず、浮気相手にもことごとくフラれる男を演じきった俳優を讃えたい|ドラマ『あなたがしてくれなくても』
西谷弘監督との信頼関係
もちろん本作はヒッチコック監督作ではないので、実際は演出を担当する西谷弘監督(第1話、2話、最終話を担当)の手腕による。特に最終話では、西谷監督の本領発揮といえる雄大さが画面全体に溢れていた。監督の演出に応えるべく、岩田も全力の力技で臨み、いきいきとした演技を畳みかける。
こうして生まれた名場面の数々のはじまりは、第1話から。社内のお花見を抜け出した新名とみちが、周辺を歩く場面。新名がやや前を歩くツーショットを手持ちカメラが正面から捉える。ライトで照らされる夜のグラウンドが背景にある絶妙な空気感が素晴らしかった。
似たような場面は、第10話(演出は高野舞が担当)でもあった。ワーキングスペースからの帰り道、歩道橋を歩くふたりをやはり手持ちカメラが捉える。岩田の視線の動きをまるごと拾い上げようとする演出サイドの粋な意図が垣間見える。
最終話でも新名が陽一のカフェで会話する場面の流れるようなリズム、きらめきが持続するテンポ感が素晴らしかった。岩田の演技に向き合い、岩田の魅力をこれでもかと引き出そうとする西谷監督と岩田の相当な信頼関係を感じずにはいられない。
俳優人生の足跡を追う作品
西谷監督というと、そう、岩田がディーン・フジオカと共演したドラマ『シャーロック』(フジテレビ系、2019年)の演出も担当している。シャーロック・ホームズと助手ワトソンを思わせるブロマンスが作品全体をクールに染め上げ、かつ華やかにも彩った。
劇場版作品『バスカヴィル家の犬 シャーロック劇場版』(2022年)では、岩田が演じた若宮潤一にひとり旅の冒険をゆだねることで、岩田のポテンシャルが存分に発揮された。
あるいは多部未華子主演の『空に住む』(2020年)で巨匠・青山真治監督が、「岩田さんという人間を生きることにおいて、物凄く聡明な人」と岩田の佇まいを絶賛したことを思い出してもいい。
そうした名監督たちとの関係性から考えるに、『あなたがしてくれなくても』は岩田による名演の宝庫であると同時に、いわば岩田剛典の俳優人生そのもの。
その足跡を追う作品であり、ひとつの集大成でもある。彼にとっては何層にも意味深い作品であり、滋味深い新名誠役なのだ。
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