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選挙カーでも「高級ブランドバッグ」…折田楓氏が“非常識な言動”を繰り返していたワケ

SNSでは「ダサいをなくす」を生活ぶりで常に表現

 その一方で、美的センスに欠けた日本の行政や企業を補助する職業人としての原則をプライベートにも課さなくてはならない苦しみもあったのではないでしょうか? それがSNSにあらわれているからです。  自身のインスタグラムなどで高級ブランドショップで買い物をしたり一流ホテルに宿泊する姿を公開するのは仕事の達成感を表現する一方で、「ダサいをなくす」を標榜する社長として、自身の生活ぶりそのものが会社のイメージを代表しているのだ、というプレッシャーもかかってきます。「もっと日本全国を明るく、キラキラと輝かせる」ためには、まず自分がそうでなければならいからです。  そこで、大人にもSNSは害悪となり得るのではないか、と考えてしまうのですね。
 なぜなら、これは効果的なPRであると同時に、不特定多数の匿名の目から常に監視、批評されているような状況を自ら作り出していることにつながるからです。常に値踏みされる緊張感とともに生きていかなければならなくなる。  しかも無数の情報や記号が高速かつ大量に行き交うSNSは不安定な価値観しか生み出しません。そこに自分の生活を賭けてしまうことは想像以上に危うい。しかも仕事においてもプライベートにおいても仮想空間が主戦場となると、メンタルヘルスにも少なからず影響を及ぼすでしょう。  うまくいったとしても、それはいびつな成功と言わざるを得ないのです。

高級ブランドバッグを肩にかけて選挙カーにのぼった折田氏

 そんなおぼつかない栄光があらわれたシーンがありました。演説中の斎藤知事をスマホで撮影しようと選挙カーへのぼる折田氏が、イタリアの高級ブランド「モスキーノ」のバッグを肩にかけていたのです。  非常識であり、裏方として仕事をしているという自覚があれば、考えにくいチョイスです。あらゆる隙間でも、自分をアピールしていかねばならぬという貪欲さがにじみ出ていました。  これを“見栄っ張り”とか“出しゃばり”とか批判するのは簡単です。筆者には、「ダサいをなくす」、「キラキラと輝かせる」などの自身の言葉に呪縛されている姿に見えました。  本件はネット選挙の今後を左右すると同時に、大人にとってSNSとは何なのかを改めて突きつけているのだと思います。 <文/石黒隆之>
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エルメスのバッグを身にまとう折田楓氏
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