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藤井風「ファン=犬」発言の衝撃 —“ファンとアーティスト”の立場を変える革命的メッセージとは?

「お客様は神様」から「ファン=信者」へ

三波春夫さん

画像:三波春夫 大全集(株式会社テイチクエンタテインメント(CD))

では、藤井風のどこが革命的なのでしょうか? まず三波春夫のかの有名な言葉、「お客様は神様です」を思い出してみましょう。三波春夫オフィシャルサイトには、その真意を説明した発言が掲載されています。 <歌う時に私は、あたかも神前で祈るときのように、雑念を払ってまっさらな、澄み切った心にならなければ完璧な藝をお見せすることはできないと思っております。ですから、お客様を神様とみて、歌を唄うのです。また、演者にとってお客様を歓ばせることは絶対条件です。ですからお客様は絶対者、神様なのです。> ここで重要な点は、三波春夫が客を「絶対者」と呼んでいることです。どうあがいても、演者が客より上位に来ることはおろか、対等であることすらありえない、と言っているのです。これが日本の芸能のスタート地点です。 そこから時代は流れ、高度経済成長期、そしてバブル経済の恩恵を受け、歌手や演者がかつてないほどに高収入を得て、社会的地位も上がると、“アーティスト”と呼ばれるようになりました。 すると、この“アーティスト”と客との間で力関係に変化が生まれてきます。“アーティスト”という言葉は創造性や芸術性を強調し、その高尚な響きが演者の社会的地位を高め、尊敬や憧憬の対象として認識されるようになったのです。 そうなれば、かつて三波春夫が「絶対者」と呼んでいた客から、その絶対性が失われていきます。それが“ファン”の誕生です。客は鑑賞、批評をする怖い教育者から、応援し、支える保護者となったのです。

エンタメの未来は「信仰」なのか?

藤井風「LOVE ALL SERVE ALL」Universal Music

画像:藤井風「LOVE ALL SERVE ALL」(Universal Music)

たとえば、テイラー・スウィフトのファン「Swifties」やK-POPのファンダム文化なども、こうした流れの中から生まれたものです。その点では、日本も海外も大差ありません。 ただし、「Swifties」やファンダム文化においては、まだアーティストとファンが対等であるという建前は失われていないように見えます。そこは、アーティストとファンによる連帯というレトリックで、なんとか関係が成り立っているのです。 そうしたエンターテイメントの世界だからこそ、藤井風が“忠犬=ファン”を、いつまでも待ってくれている存在だと明言したことの意味は決して小さくないと言えるでしょう。 つまり、ファンとはもはや鑑賞するものでも批評するものでもなく、純粋で我慢強く信仰してくれる存在だと定義づけているからです。 藤井風は、ハチ公という日本人の心の琴線に触れるキーワードを用いて、エンターテイメントの本質が信仰へと移り変わっていることを如実に示したのです。 優れたミュージシャンには、預言者としての能力もあると言われます。だとすれば、「Hachikō」がテーマにした無条件の信心は、日本のこれからを暗示しているのかもしれません。 <文/石黒隆之>
石黒隆之
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。いつかストリートピアノで「お富さん」(春日八郎)を弾きたい。Twitter: @TakayukiIshigu4
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