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「音漏れじゃなくて騒音」ミセス野外ライブに批判殺到!“非日常”の価値はファンだけのもの、漏れた音が迷惑になる根本的なワケ

音楽の「押しつけ」は暴力になりうる

Mrs. GREEN APPLE「コロンブス」Official Music Video

差別的と炎上して非公開になった「コロンブス」のMV
画像:Mrs. GREEN APPLE「コロンブス」Official Music Videoより

しかしながら、その“異物”は、それを好むファンにとってのみ有効な“珍味”です。趣味のコミュニティ内で処理されるべき内容であるため、できる限り音が漏れないようにする責任があります。 しかも、ミセスは音楽バンドなのでただの騒音とは異なり、ひとつひとつの音に目的があります。それゆえに、彼らの音楽に特別な興味がない人でも、漏れ聞こえる音を認識すると、意識的・無意識的に音楽的な意味を読み取ろうとすることになり、精神的な強い負担を感じてしまいます。 それこそが、ただの生活音の騒音以上に、音楽ライブの音漏れが人を疲れさせる要因と言えるでしょう。

鳴り響く重低音と「内臓が揺れる」ストレス

また、「すぐ近くで車のカーステレオが大音量で音楽を流しているような重低音が夜21時過ぎまで続いた」との証言もありました。これが事実だとすれば、大変なストレスだっただろうと想像します。 なぜならば、その種の重低音は耳で聞き取るだけでなく内臓にまで響いてくるものだからです。少しでも内臓が揺れる感覚があると、人は安定的な身の置き場を失う感覚に襲われます。 もっとも、そのような大音量の重低音を現場で楽しむファンは、その振動すらもミセスを五感で味わうための欠かせないアトラクションだと思うでしょう。
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画像:株式会社WOWOW プレスリリースより(PRTIMES)

しかし、一部の人にとっては大変魅力的なアミューズメントであっても、大多数の無関係の人にとっては、望んでもいないのに首根っこをつかまれて振り回されるような感覚を味わうことになります。 野外という開かれた環境の特性上、優先されるべきはファンの究極的な満足を満たすことではなく、住民の平穏な夜を守ることにほかなりません。窓越しでもボコボコと鳴り続ける重低音は、物質的・精神的の両面から騒音となってしまうのです。 そうした見方も含め、本当に風向きだけの問題だったのか、慎重に再検討されることを望みます。 確かに、彼らの活躍は目覚ましいものがあります。情報番組で見ない日はないし、音楽番組も彼らなしでは成り立たないほどの国民的バンドになりました。 だからこそ、今回の騒動はひとつの教訓になったのではないでしょうか。 <文/石黒隆之>
石黒隆之
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。いつかストリートピアノで「お富さん」(春日八郎)を弾きたい。Twitter: @TakayukiIshigu4
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