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「女は監督になれなかった」「可愛くしないと売れない」―男社会に抗ったふたりが語る、“怒り”の原点|映画監督・浜野佐知×俳優・菜葉菜

他人の思惑より、自分がどう生きるか、それだけを考えろ

菜葉菜:朴烈と同棲するとき文子が突きつけた宣言も鮮烈ですよね。「一つ、同志として同棲すること、二つ、運動の方面においては私が女性であるという観念を捨て去ること、三つ、一方が思想的に堕落して権力者と握手した場合には、直ちに共同生活を解散すること」。  結局、文子は朴烈と決別したけど、批判も否定もしていないんです。彼女は自分を生きる、自分が自分であることを重視した女性。そこを重視して生きれば、相手を非難する必要などないんだろうと思いましたね。自分が自分である、自分を生きるというのはとてもむずかしいことだけど。この映画ではそういうことも考えるきっかけになるかなと思います。 映画『金子文子 何が私をこうさせたか』浜野:え? むずかしい? やりたくないことはしなければいい(笑)。組織の中では確かにむずかしいかもしれないけど、それでも自分自身を生きることはできると思いますよ。他者と比べず、自分を作り上げていけば、そういう自分に合った仕事もついてくるのでは? 菜葉菜:今の時代、SNSがあるから、どうしても他人から見た自分を考えたり他者と比較してしまったりするんですよね。SNSでは、意見が違うだけで攻撃、批判、否定される。ときには死に追いやられる人もいます。そういう時代だからこそ、自分を作り上げていくことに、より価値があると思います。 浜野:意見が人と違うのは当たり前ですからね。他人の思惑より、自分がどう生きるか、それだけを考えろと言いたいですね。私はこの映画を今の日本社会に爆弾を投げ込むつもりで作りましたけど、今を生きる人たちにとってもいい意味での爆弾になるかもしれませんね。

現代を生きる女性たちにもつながるシスターフッド

――この映画では「女性同士の連帯」も描かれています。看守の女性が最初は文子を嫌っていたのに、自分の仕事を冒涜してくるような国家権力に接して、文子に同調するような気持ちが出てくる。 浜野:文子の物語を通して、現代を生きる女性たちにもつながるような連帯、シスターフッドを描きたかったんです。 映画『金子文子 何が私をこうさせたか』菜葉菜:文子が命より大事にしている万年筆を若い女囚に託したところも、自分の気持ちを継いでいってほしいということですよね。でもときには「女の敵は女」になることもありますけどね。 浜野:男社会から差別されてきた女が、男たちに選ばれたことによって、そのポジションを守るために代理男として女を差別する。こういう女に権力を与えたら大変なことになりますよ。現になりつつありますけど。 菜葉菜:そうか……。それもまた、男社会に問題があるわけですね。根深い問題ですね。 <取材・文&人物写真/亀山早苗>
亀山早苗
フリーライター。著書に『くまモン力ー人を惹きつける愛と魅力の秘密』がある。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。Twitter:@viofatalevio
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