「でも耐えるしかないか、とため息をついた瞬間、男性の胸元の社員証がふっとこちらを向いたんですよね」

揺れた拍子に表向きになったそれには、会社名、顔写真、フルネームがはっきりと記されていました。
にもかかわらず男性は気づく様子もなく、「お前のせいでこっちがどれだけ迷惑しているか分かってんのか? 無能が!」と、さらに声を荒げます。その無防備さと横暴さのアンバランスさが、かえって異様さを際立たせていたそう。
その瞬間、気がついたら麻美さんは一歩前へ出ていました。
「つい我慢できず『いい加減に通話をやめてもらえませんか? マナー違反です。それに、見えていますよ』と言うと、男性が『は?』と私を見たので、男性の胸元の社員証を指差したんですよ」
麻美さんが「会社名も、お名前も、顔写真まで……」と言葉を重ねると、男性の表情が一瞬で凍りつきます。

「男性は『ち、違っ……これは』と明らかに動揺していて。おいおい、さっきまでの威圧感はどうしたの? という感じでしたね」
あれほど強気だった声は急にしぼんで落ち着きを失い、視線は泳ぎ始め……まるで別人のようでした。
麻美さんは淡々と「私がそういうの、ネットに上げるタイプじゃなくてよかったですね」と言うと、男性の喉がゴクリと動きました。
その一言は脅しでも怒鳴り声でもなく、ただ事実を突きつけただけ。それでも十分すぎるほどの重みがありました。
「男性は冷や汗をかきながら『あー、もういい!』と通話を切り、スマホを乱暴にポケットへ。次の駅で、大慌てで転がるように降りていきました」