News
Lifestyle

本物のようにリアル 爪の縦線や指紋、シワまで再現して「失われた身体の一部」を作り続ける44歳職人の切実な舞台裏

 失われた身体の一部を、補うための「装飾義肢」。肌の色や質感まで丁寧に再現するのは、義肢装具士として活躍する平岡製作所の平岡敬悟さん(44歳)です。
平岡製作所 代表の平岡敬悟さん

平岡製作所 代表の平岡敬悟さん

 結婚式を控えた新婦からウエディングドレスを着るために「腕を作ってほしい」という相談を受けるなど、日々、お客さんの日常に寄り添っています。平岡さんに義肢装具士としての歩み、そして、ときに切実な思いを受け止める仕事の裏側を聞きました。

人肌の再現は「立体的な塗り絵」のよう

平岡さんが製作した装飾義肢

平岡さんが製作した装飾義肢の数々

 病気や事故、先天的な理由などによって失われた身体の一部を補う義肢。なかでも平岡さんの手がける装飾義肢は「自然な見た目」を補う役割を持ちます。約12年にわたり、平岡さんは手や足、乳頭など、本人の身体になじむ装飾義肢を一つひとつ手作業で作り続けてきました。  例えば、右手の親指を失った人の装飾義肢を作る場合には、まず、左手の親指で原型となるゴムの「割型」を作ります。そこへ、肌の質感を再現するために色の異なるシリコンを少しずつ流し込み、完成させる。  爪や指紋を再現するのはもちろん、過去には、お客さんが失った指に彫っていたリング状のタトゥーを再現するため、色の異なるシリコンを何層にも重ねながら、納得いくまで作り直す苦労もあったといいます。 「感覚としては、立体的な塗り絵に近い。難しいことをしているわけではないんです。爪の縦線や指紋の凹凸を少しずつ転写して、物足りなければ彫刻刀で削り調整していくと、人の肌に近づいていきます」(以下、平岡さん)
爪の縦線もそのまま再現

爪の縦線もそのまま再現

 仕上がりの精度を上げるため、平岡さんは芸術にも関心を向けます。今も色彩のセミナーなどに足繁く通い、新たな材料や技法があれば探求。とりわけ大切にしているのが「デッサン」で、本来は立体である身体の一部を二次元で想像するには、欠かせないといいます。 「人の肌は1色ではなく、光の当たり方や血管の色、陰影の付け方によって見え方も変わる。講師を務める学校で、義肢装具士をめざす学生さんから『秘けつはありますか?』と聞かれるんです。僕はまず『デッサンをたくさんやってみよう』と言います。100枚描いてと言うと驚かれますが、それでも足りないくらい。何百枚もいろいろな角度から描いてみると、立体で完成形が見えてきます」

30歳を前に義肢装具士をめざして

平岡敬悟さん 義肢装具士として活躍する平岡さんは、もともと、機械系の大学から医療機器メーカーに就職しました。就職活動の当時にあったのは「困っている人のためにものづくりがしたい」という漠然とした思い。就職先では医療機器の開発やメンテナンスに関わりました。  仕事へのやりがいを感じつつも「1人ひとりの患者さんにより近い場所でものづくりがしたい」と一念発起して、30歳を前に退職。義肢装具士の資格が取れる専門学校に進学し、32歳で義肢装具士となりました。  縁あって同業者の会社で経験を重ね、34歳で独立。埼玉県さいたま市で平岡製作所を立ち上げます。開業当初は携帯電話の前で、お客さんからの問い合わせがくるよう祈る日々が続き、コロナ禍では、感染症への懸念から客足が激減し、ウーバーイーツの配達員をして繋いだ時期も。  それでもあきらめず、地道に技術を磨きながら、全国で装飾義肢を求める人たちの信頼を獲得しました。  義肢装具は見た目を補うだけではなく、本人の「生きるモチベーション」にも直結する仕事。相談を受ける際は、本人の心情へ寄り添うことが欠かせないといいます。 「相談に訪れた方が『私の気持ちをわかってほしい』『きっと私の気持ちはわからないでしょう』とおっしゃったときが、なぜ、装飾義肢を作りたいのかを引き出すチャンスだと思うんです。医療機器メーカーで働いていた当時も、患者さんからそうした声を聞いて。本質として、身体の一部を失った生活で『何が気になるのか』を、深く掘り下げられるように心がけています」
次のページ 
「客先で本来のパフォーマンスが出せない」と依頼
1
2
Cxense Recommend widget
あなたにおすすめ