
たしかに最近、「好きな人へのLINEをChatGPTに考えてもらう」という話はよく聞くし、逆に、「苦手な相手への断り文句を作ってもらう」という人もいるとのこと。
最初は「いやいや」と思っていたけれど、実際、AIが作る文章は驚くほど自然で、しかも角が立たない。なんかウマーい表現を教えてくれて感心するのは確か。
そもそもLINEって難しいもので、絵文字がないだけで「怒ってる!?」と言われるリスクもあるし、人によっては「泣き笑い」の絵文字の使い方ひとつで「バカにされている?」なんて感じる人もいたりするんですよね。「了解です」と「了解です!」ですら空気が変わるわけで。
だから、AIが空気を読んで“無難な返信”を作ってくれることに安心する人がいるのもわかるのです。
特に今は、人を怒らせることへの恐怖がとても強い時代。電話が苦手、雑談が苦手、返信内容を考えるだけで疲れる――そんな人にとって、AIは救世主なのかもしれませんが。
でも私は、少しだけ怖くなったのが本音。もし普段からAIが全部返信してくれるなら、人は「自分の言葉」をどこで鍛えるのでしょう。
日常会話や絵文字選びまでAIが代行してしまったら…
LINEでは感じがいいのに、会うと全然話せない、もしくは想定外の話題になるとフリーズする。そんな人がこれから増えるんじゃなかろうか、なんて余計な心配をしてしまいました。
実際、人間関係って予定調和じゃないですよね。
相手が予想外の反応をした時、気まずい空気になった時、とっさに言葉を探す力って、結局“自分で会話してきた経験”の蓄積からしか生まれない気がするのです。
もちろん、AIを否定したいわけではないですが。
恋人と少しもめたときにわかりやすく自分の気持ちを伝えたいとき、自分がなににもやもやしているのか整理したい時、AIは驚くほど頼りになったりします。私も困ったら使っちゃう。いざというとき「傷つけずに伝える」ことを手伝ってくれる存在としては、本当に優秀。
でも、日常会話のやりとりや絵文字選びまでAIが代行し始めた時、それって本当に自分のコミュニケーションなんだろうかと感じてしまいました。