――本書の中では、同意について学ぶ章がありますが、その中で紹介されている「イヤよイヤよはまじでイヤ!」という言葉が印象的でした。
櫻井裕子さん(以下、櫻井):今の中学生に「イヤよイヤよも好きのうち」という言葉を知っているか聞くと、ほとんどの子が知らないと言います。もうかなり昔の言葉になっているんですよね。でも私はあえてその言葉を紹介した上で、「昭和の時代には、女性が嫌がっていても本心ではうれしい。だから『女性の言う『イヤ』は真に受けなくてもいいんだ』と思われることがあった」と説明します。
その価値観はだいぶ今の時代に合わせてアップデートしているかのように見えますが、実際のところ、まだまだだと感じています。相手が嫌だと言っているなら、それを尊重しよう!と子どもたちに伝えています。
斉藤章佳さん(以下、斉藤):子どもたちには、「イヤ」と言うことは悪いことではないと伝えてほしいですね。「空気を読む」という言葉があるように、断るのがあまり得意じゃない方は多いですよね。自分は嫌だと思っていても、空気を読んで受け入れてしまうことも。ですが、自分の心と身体を守るためには、「イヤ」と言わなければいけない場面があります。これは性暴力に限らず、どんな人間関係でも大切なことです。「イヤ」と言うのは、相手が嫌いだからではありません。自分を守るためなんだ、自分を大切にしているということを子どもたちに知ってほしいですね。
――嫌われたくないという気持ちが強い思春期に、「イヤ」と言うのはなかなかハードルが高そうです。
斉藤:やはり練習が必要だと思っています。そのためには、家庭の中で「イヤ」と言える環境を整えることが大事です。イヤなことはイヤと言っていいんだよって。
我が家の末っ子の娘は、上のきょうだいたちが写真を撮ろうとすると、撮られたくないときは「イヤよ、イヤよはまじでイヤ!」とちゃんと言うんですよ(笑)。日常の中でそういう言葉が自然に出てくる環境をつくっておくことが、いざというときに自分の意思を伝える力につながると思っています。
櫻井:私は、言葉で説明すること以上に、親が態度で示すことが大事だと思っています。たとえば、子どもの写真を撮るときに、「撮ってもいい?」と聞いたり、子どもの気持ちを確認しているでしょうか。
「あなたの身体はあなただけのものだよ」と伝えながら、親が勝手に写真を撮ったりSNSに投稿したりしていては、メッセージに一貫性がありません。まずは、「あなたの身体のことは、あなたが決める権利を持っている」ということを、親自身の行動で示す。それは立派な包括的性教育です。そういったやり取りの積み重ねが大切だと思います。
――性の話に限らず、親が日常的に同意を確認する姿勢を見せること自体が、広い意味での性教育になるのですね。
斉藤:そう思います。前回もお話ししましたが、私のクリニックには性加害少年たちの受診者数が多いのですが、その子どもたちの加害行為で最も多いのは盗撮です。今の子どもたちは、生まれたときから何らかのデジタルデバイスで写真を撮られ、ときに本人の同意なく無断でSNSでも共有される環境で育っています。そのため、他人を同意なく撮影することへの暴力性への感度や抵抗感が薄くなっている面もあると感じています。
だからこそ、親自身が写真を撮るときに、一手間かけることが大切です。「撮ってもいい?」と確認する。その姿勢を日常的に見せることが、「子どもであっても一人ひとりに意思があり、それを尊重することが大事」という感覚の育成につながると思います。どんな場面でも、まず同意を確認する。親のその姿勢そのものが、子どもへの大切な「生」教育になるのではないでしょうか。
――同意の感覚は、いつごろから育てられるものなのでしょうか?
櫻井:生まれた直後から始められます。たとえば、おむつを替えるときに「おむつを替えるね」「おしりをきれいにするね」と一声かける。着替えを手伝うときや、汗をかいた身体を拭いてあげるときも、声をかけてから触れる。そうした親や大人の態度によって、子どもは「自分の身体や意思は大切に扱われている」という感覚を身につけていきます。
それは、「からだの権利」を、言葉ではなく身体で学んでいくプロセスなんです。
――なるほど。
櫻井:「からだの権利」を100回、1000回言葉で伝えるよりも、日々の関わりの中で体得していく方が、本当の意味で力になると思っています。そのためにも、小さいころから子どもと心地よい触れ合いをたくさん経験することが大切です。何が心地よくて、何が心地悪いのか。その感覚を知らなければ、いざ嫌なことをされたときに「これは自分にとって嫌なことだ」と気づくことができません。