福祉事業所のほうが働きづらかった。障害者雇用で感じたこと
一方で、「障害者を支える側」である福祉事業所へ転職した際には、逆に合理的配慮を受けにくい現実も経験したという。
「同じ業界だからこそ自発的に理解してもらえると思っていたのですが、結果的には一般企業の方が働きやすかったです。相互理解に健常者も障害者もなくて、理解してもらうためにまずはお願いする側が積極的にコミュニケーションをとることを大切にしていかないといけないのだなと実感しました」
この経験を通して、渡辺さんは「障害者が働くとは社会にとって本当に有益なのか?」という葛藤を抱えることにもなったようだ。だが、自立とは人の手を一切借りないことではなく、最終的判断や責任を自分で負うことだと気づいたことで職場に復帰し、現在では、自身で電車に乗って通勤し、パソコンとヘッドセットを使って業務をこなしているそうだ。
障害によって、必ず誰かの手は借りないといけない。だからこそ、お願いする側にとっても“心地よい成功体験”として昇華する努力が、障害者側にも必要だと渡辺さんは語る。
「健常者にも事情があって、悪意があって断っているわけではないことも多いと思うんです。例えば、SNSでは『障害者だからタクシーに乗車拒否された』といった投稿を目にすることもあります。私も経験があるので確かに悲しいけれど、でも拒否したい気持ちもわかるし、拒否することはその人に与えられた正当な権利でもあるので、否定はできません。
だからこそ、その分してもらった人に感謝できるような自分でいようと心がけていますし、手を貸してくれた人が『助けてよかった』と思える成功体験になるようにしたいんです。配慮してよという要求ばかりだと、相手も『面倒だな』と思ってしまうのは当然です。どうしたら相手にもメリットがあるかを考えながらお願いすることも大事だと思っています」
「配慮されて当然」ではない。渡辺さんが考える“自立”とは

渡辺みのりさん(仮名・37歳)
もちろん、それは障害者だけが努力すべきという意味ではない。
「障害者は健常者に比べると選択肢が少ないという事情は、健常者にも知ってほしいとは思います。でも、『だから譲って当然』とは私は思いません。なぜなら事情があって譲って欲しいなら、申し訳ないってスタンスがないと、まず手を貸してあげようって気持ちにはならないなと思うからです」
誰もが、人生のどこかで誰かを支え、また誰かに支えられながら生きている。障害がある人は、その機会が少し多いだけなのだ。だからこそ大切なのは、「配慮してもらって当然」「助けるのが義務」という関係ではなく、お互いの事情を理解しながら支え合うこと。
自分の人生に責任を持ち、自立した者同士だからこそ、「ありがとう」と「助かったよ」が自然に行き交う関係が生まれるのではないだろうか。
<取材・文/SALLiA>
SALLiA
歌手・音楽家・仏像オタクニスト・ライター。「イデア」でUSEN1位を獲得。初著『生きるのが苦しいなら』(キラジェンヌ株式)は紀伊國屋総合ランキング3位を獲得。日刊ゲンダイ、日刊SPA!などで執筆も行い、自身もタレントとして幅広く活動している