「あそこから何が見えるんですか?」突然声をかけられて

畑、牧草地、ポプラの木、そして山々
おそらく道外から北海道旅行に来ていた方だったのだと思います。ショートカットに少し夏にしては厚着ともいえる服装が印象的。
考えてみれば、傍から見れば私は、バスから突然飛び出して、ものすごい勢いで展望スポットまで走っていき、写真を何枚も撮って、また大急ぎでバスに戻ろうとしている人。
「この人があんなに急いで撮りに行くんだから、よほどすごいものがあるに違いない」
そう思われても仕方ありません。私は少しとまどいつつ、「何が見えるか」の最適解を瞬時に脳内で導きつつ、
「ああ……うーんと……遠くに山が見えるんですけど、今日は雲がかかっていて、ちょっと見えにくいかもしれません」
と答えました。するとそのご婦人は、
「じゃあ、雲があるってことは、雲海が見られるってことなんですかね?」
と、さらに目を輝かせるではないですか! うーん、雲海と呼ぶのか……いや、あれは通常の厚い雲のような気もする……と私は脳内でぐるぐる。
迷った挙句「お好みの景色だとよいのですが、よろしければぜひ!」と言い残し、再びロケバスへダッシュし、お別れとなりました。
息を整えつつ、バスの中からそのご婦人の姿を改めて眺めてみた私ですが、彼女は少し立ち止まり景色を見ていましたが、さっと踵を返してバスへと戻っていかれました。
何を思ったのかな。もしかしたら、「思っていたほど特別なものはないな」と思ったかもしれません。
でも、そこで私はふと感じたのです。これこそが、北海道という考え方ができるよね! と。
北海道には、もちろん有名な観光地がたくさん。ラベンダー畑もある。青い池もある。小樽運河もある。釧路湿原だって知床の世界遺産だってある。
「ここに行って、これを見る」という目的地はいくらでもあります。ありすぎるほど。
でも北海道の魅力って、実はそれだけじゃない。何か特別なものが「ある」わけではなく、むしろなにも「ない」ときがあります。ただ、大空があったり、ただ、大地があったり。
「ないけど、ある。あるけど、ない」
そんな、ちょっと矛盾したような、仏教思想にも通じるような感覚です。私にとって十勝平原サービスエリアの景色もそう。
山が見えるから好きというより、その場所に立つと、子どもの頃に家族で十勝のリゾート地に行った記憶がよみがえったり、東京で20年以上暮らして、北海道へ戻ってきて仕事を再び始めたときに、「ああ、この景色、やっぱり好きだな」とぐっときた気持ちまで追体験できたり。
だから、山が見えても見えなくても私はよいのですよね。大空と大地があれば、それでいい。
まさに松山千春さんの歌に出てくるような「大空と大地の中で」の世界がそこにはあるのです。