授業中は机に突っ伏し、特別支援を受けていた小学生。知能検査の「誰もが驚く結果」で、学校生活が好転したワケ
授業中に騒いでしまう、友達とのトラブルが絶えない、学校に行きたがらない――。そんな子どもの姿を見て、大人は「何か発達に問題があるのでは」「しつけの問題かも」と考えるかもしれません。けれどその背景に、知的能力の高さをはじめ、いわゆるギフティッドの特性が隠れていたということもあります。

ギフティッドだと気づかれないまま、その子の困りごとが誤解されてきたケースは少なくありません。一方で、周りの大人がそれを知ったことで見方が変わり、子どもの姿まで変わっていった例もあります。
前回の記事では、『ギフティッドの子どもたち』(集英社新書)の著者で、上越教育大学大学院教授の角谷詩織先生に、世間で思われがちな「ギフティッド=天才」というイメージは実は適切ではないこと、そして知的ギフティッド児は、割合でいうとクラスに1人くらいいる計算になることなどを聞きました。今回は、ある学校で起きた変化と、ギフティッドの子どもを持つ親が学校とどう向き合っていけばいいのかを伺います。
――ギフティッドには、芸術やスポーツなどさまざまな領域がありますが、ここでは知的ギフティッドの子どもについて伺います。子どもが知的ギフティッドだと気づくのは、どんなことがきっかけなのでしょうか。
角谷詩織先生(以下、角谷):才能があるから気づくというより、「育てにくい」「大変だ」という困りごとがきっかけで相談に行き、ギフティッドだとわかるケースが多いかもしれません。たとえば、「なんだかこの子、ほかの子と違う」と心配になったり、感覚過敏があって不安になったりする。質問が途絶えなくて家事にならない、ということもありますね。
小学生になると、学校に適応できずにすごく困って知能検査を受け、そこで「ギフティッドの可能性がある」というフィードバックが返ってきて気づく、という流れがあります。
――ギフティッドと気づかれないまま過ごしている子も多いのでしょうか。
角谷:特に困りごとがなければ、気づかれないまま過ごしている子もいると思います。
また、10年くらい前までは学校や家庭で大きな困難があり検査を受けても、「知的能力には問題ありません」と言われて終わることも珍しくありませんでした。ギフティッドだと知らないまま、「情緒に問題がある子」という枠の中でずっと生きていくことも、十分ありえました。
――ギフティッドだと気づいたことで、その子が変わった事例などがあれば教えてください。
角谷:『子ども学 第14号』(萌文書林刊)の中でも紹介した、ある小学校での事例があります。その子は友達とのトラブルが多く、「友達の気持ちがわからない」と見られていました。
授業中は机に突っ伏していることがほとんどで、サポートの先生が横について支援していました。それまで数年間、特別支援の対象として支援を受けてきましたが、状況はよくならなかったんです。
先生たちはその子をすごく温かく受け止めていましたが、困難の背後に何があるのかを的確に把握できていませんでした。
――そこから、どのように変わっていったのでしょうか。
角谷:引き続き特別支援を受けられるかを判断するため、知能検査を受けたところ、記録に「ギフティッドの可能性がある」と書かれていたんです。誰もが驚く結果でした。それをきっかけに、校長先生から私のところに相談が来ました。
先生たちはギフティッドを知らない、わからないという気持ちが先に立ってしまい、何をどうすればよいのかわからないという状態でした。そこで、ギフティッドの子に広く見られる特性と、その多くがその子に当てはまることをお伝えしました。そのうえで、そんなに恐れる必要はないこと、その子の興味・関心を生かせる場があるといい、ということも話しました。
――先生たちは、その子への接し方を何か変えたのでしょうか。
角谷:総合的な学習の時間に、その子は炎色反応の実験をしたいと言いながら、「どうせこんなことに興味を持ってくれる人なんて、誰もいないと思いますけどね」と、ぼそっとつぶやきました。
そのつぶやきを聴いていた先生はハッとしたんです。この子は、人が自分をどう見ているのかを、ちゃんとわかっている。「人の気持ちがわからない」という見方が、全部崩れました。
先生たちは、その子の興味・関心を、授業の中で生かしていこうと考えました。そして、炎色反応の実験を許可しました。学校で火を扱うわけですから、相当の覚悟だったと思います。












