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親の離婚で、年上男にのめり込んで…19歳で妊娠した女性の後悔

親の離婚が子どもに与えた影響――vol.2>  両親の離婚は、子どもにとって望ましいものではないでしょう。しかし、もし現実として自分の身に起こってしまったら、子どもは受け入れるほかありません。
離婚

写真はイメージです(以下同じ)

 その環境をどう受け止め、どのように乗り越えたのか、小学校卒業と同時に母親の実家近くへ引越し、母と弟の3人暮らしをスタートさせた三園優香さん(仮名・30歳)に、当時の思いと、親の離婚による影響をお聞きしました。

突然の離婚。毎日泣きながら眠りに就いた

――ご両親の離婚を知ったときのことを教えてください。 「小学校卒業を控えたころ、地元の中学校の説明会や制服準備に関する手紙を母へ渡したときに、『卒業したらおばあちゃん家の傍へ引越すから、アナタはこの中学校へは行かないのよ』と言われたんです。『パパとはお別れになるから、ママのこと助けてね』との言葉で状況を理解しました。ただ、そのときは友だちと離れ離れになるショックの方が大きくて、両親の離婚ということへの実感はほとんどなかったです」 ――それまでのご両親の様子などから、異変を感じるようなことはなかったのでしょうか? 「今思い返せば、小学校5年生の終わりころに母が私の部屋で一緒に寝るようになって、そのころから家族で出かけることもなくなっていたんですよね。でも、両親は家では普通に話しているように見えたし、父も毎日定時に帰って来ていたので、当時は特に何も感じませんでした。なので、私にとっては、離婚は突然すぎる出来事でした」 引っ越し――その後、どのように現実を受け入れていったのですか? 「引越しの前日、父は私と弟を食事に連れて行ってくれたのですが、頭では『最後なんだ』とわかっていても、やっぱり実感はなかったんです。でも、引越し先に父がいなくて、父の物もひとつもなかったことで、『ああ、もう一緒に暮らせないんだ』って、ようやく実感しました。  それからしばらくは、毎夜ベッドに入ると涙があふれてきて、泣きながら寝ていましたね。ただ、自分の学校が始まると急に毎日が慌ただしくなって、自分のことで精一杯。そうこうしているうちに慣れたというか、自然と受け入れていったような気がします」

寂しさを閉じ込め、「母の望む娘」として振るまう

――お母さまと弟さん3人の生活になって、優香さんご自身に変化はありましたか? 「母は離婚後、事あるごとに『片親だからって言われたくない』、『何かあればおばあちゃんに迷惑をかけることになる』と言って、私に厳しくなりました。だから私は、『しっかりしなきゃ』との意識を常に持ち、家事や小学生の弟の世話など、母の手助けも率先してやるようになりました。  でもその反面、寂しいという本音や、学校での愚痴などが話せず、気持ち的には殻にこもるようになりましたね。『パパがいてくれたら』『もし離婚しなかったら』なんてことをずっと考えていたのを覚えています」 中学生――お母さまとの関係性は? 「表面上は良かったと思います。私が思春期だったこともあって、離婚のせいで変な方向にそれるのを心配した母は、学校での様子や友だちのことなどをよく聞いてきましたが、私は心配かけないように、嘘のない範囲で母の望む返答をしていたので。ただ、安心した表情の母を見るたび、嬉しさと、心の内に気づいてもらえない寂しさとが入りまじった変な感情が湧いてきました。  次第に『母はいい子の私しか見ていないんだ』とあきらめのような気持ちを抱くようになり、本音を聞いてほしい、寂しさをわかってほしいと思うことすらなくなっていきました」
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父の代わりを求めて、年上の男性に依存
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