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「箱入り娘の憂鬱」鈴木涼美の連載小説 vol.1

『「AV女優」の社会学 なぜ彼女たちは自らを饒舌に語るのか』、『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』、『おじさんメモリアル』などの著作で知られる鈴木涼美が、小説『箱入り娘の憂鬱』を連載開始!


第1回「ママたちが怖いのも芸のうち?」


 マンションの中、と言ったって13階建ての、しかも1フロアに20以上部屋があるようなマンションの中なんて、別に同じような種類の人間が集まっている、とはワタシは全然思わない。そりゃ、新築のファミリータイプのマンションに引っ越してくるのは子供が小さかったり、もうすぐ子供が産まれたり、みたいな世代のファミリーが多いのは事実だけど、さらに都心といえば都心だけど超一等地ではない、でも隅田川沿いで環境がいい、そんな場所の分譲マンションを買うっていう意味では収入だってそれなりに似ている家庭が多いのも事実かもしれないけど、それだっておんなじくらいの年齢の、似たような家族構成の家が多いっていうだけで、出身地から考え方から顔も性格も全然違うんだから。

 もしかしたら、ワタシは他の子達より、そういうことに気づくのは早い方だったかもしれない。だってうちには別にお父さんとお母さんと兄弟と私で日曜日はカレーを食べる、みたいな風景は無い。パパはそれなりにうちで過ごす時間もあるけど、基本的に毎日はうちに帰ってこないし、でもうちは多分隣の家や上の階の家よりずっと高級な家具とかママの香水とかがあって、ピカソの小さい絵だって飾ってあったし。ママは働いてはいないけど、ゴルフとか旅行とか、たまにテニスとか、割と忙しそうにしていて、ねねちゃんっていうシッターさんが家にいることが多い。ちなみにワタシはママとは同じ苗字だけど、パパとは苗字が違うし、パパと同じ苗字の家族は確か同じ東京の、もっと西の方の家にいる。

 そんな事情はでも、ワタシにとっては当たり前だけど、マンションから同じ幼稚園に通ってる他の子達にはまだちょっと早いっていうか、理解できないだろうから、うちのママも気を使って、パパは仕事が忙しくてあんまり帰ってこれない、くらいしか言ってないんだけどね。

 うちのママは多分マンションに住んでるいろんなママの中で一番化粧が濃くて、朝から結構香水くさいタイプ。でも正直、それに見慣れてるこっちとしては他のママはどうも芋くさくておばさんくさくて、どこに行ったって美人ですねとか綺麗ですねって言われるうちのママが一番綺麗だと、これは身内の贔屓目なしに思ってる。ちなみにうちのママと対照的に語られることが多いのは、2つ上の階に住んでたセイラちゃんっていう子のママで、化粧なんてしたことなさそうで髪はボサボサ、いっつもスリッパみたいなサンダルで生協の荷物を取りに出てる。見た目が対照的なだけじゃなくて、多分その二人がよく比べられるのは、セイラちゃんのママが日本で二番目か三番目に難しいような大学を出たお医者さんだからなのかも。

 それでも今はうちのママと同じでセイラちゃんのママも仕事はしていなくて、なぜか他のママたちやパパたちに「もったいない」なんて言われてる。ワタシ的には、全然もったいないなんて思わないけど。働かなくていいなら働かないでしょ。着なくていいスーツを着て、起きなくていい時間に起きて、乗らなくていい満員電車に乗るなんて考えられない。ちなみにうちのママだって高校卒業してしばらくはその美貌で随分稼いだらしいけど、今働いていないことをもったいないなんて言われることがないから、不思議なもんだと思う。マンションの中には働いているママもいるけど働いていないママの方が多いし、働いていないママたちだって結構日々忙しそうにしてるしね。

 で、そんなマンションの中で最近、ワタシにも親友ができた。別にそれまでに友達がいなかったわけじゃないし、年の近い子たちは歩いてもいける築地の私立幼稚園に一緒に通っている子が多いし、それでなくともマンションの4階にある吹き抜けの小さい公園でみんなで遊ぶんだけど、それまではどの子とも普段は仲が良くて、数人とはたまに喧嘩してって感じだった。今回の親友は本物。ちゃんと誓いの儀式までやったやつだから。

 でも実は、最初に仲良しになったのはママ同士だった。理由はよくわかんないけど、夏休みのこどもキャンプっていう泊まりのイベントに一緒に参加するときに、ミミちゃんってその親友のママが、キャンプに行く女の子たちが出てくる絵本や普通の字の本をたくさん貸してくれて、うちのママがワタシより夢中になって読んだんだって。で、他のママは「もう少し実践的なものも必要」とか「さすが大学の先生ですね」とか「ちょっと二冊目の方は子供に悪影響がありそう」とか言う中で、うちのママが、「もっと読みたい、特にジュディー・ブルームとジョイス・キャロル・オーツっていう作家は最高だった! 作家とか全然知らないから教えて!」って言ったらしい。

 で、なんだか知らないけどしょっちゅう一緒にお茶したりご飯食べたりしているらしくて、今度の休みは時期を合わせてハワイに家族旅行しましょうなんて言い出してる。朝から髪巻いて化粧もバッチリのうちのママに対して、ミミちゃんのママは変わってて、平日の夕方に会うときはスーツとかカチッとしたワンピースなんて着て化粧してるんだけど、土日とか朝に家で会うと、不思議な布のスカートみたいなのを着て、すっぴんで髪の毛もぐしゃっとまとめてる。うちのママみたいなモデル系の美人じゃないけど、顔はオリエンタルでかなり綺麗だと思うんだけどね。

箱入り娘第1回 うちのママも、多分ミミちゃんのママも、別に自分が仲良くなったからって、娘同士も他の子よりこの子と遊んでみなさいなんて趣味の悪いことは言わないし、ワタシたちが仲良くなったのはまた別の話。誓いを立てたのは年中ももうすぐ終わりっていう幼稚園のクリスマス会の時なんだけど、お互いがお互いを信用するようになったのは、その少し前、クリスマス会でやる聖母劇のキャストを決めていた時だった。

 幼稚園の劇なんて、きっと長い人生の、さらにそこそこ長い子供時代だけを切り取ったって、割と大したことのない、瑣末なイベントなんだろうとは思うけど、クラスでは一週間以上その話題で盛り上がるくらいには大ごとで、もちろんワタシもミミちゃんも、みんなと一緒になってどんなお話なんだろうとか、お母さんたちが見ている前で歌うのが嫌だとかワイワイやっていた。そしてワタシたちの関心は当然が如く、誰が何役をやるのか、っていうことに集まった。そりゃそうだ。だって劇で可愛い子の役をやるってことはその子が可愛いってことに勝手になるし、劇で貧乏な役なんてやったらなんだか本当に貧乏に見えてくる。

 まずは教室の前にある黒板に先生がどんな役があるかを全部細かく書き出して、一番最初の役から、やりたい子が手を上げて先生がその子達の名前を役の横に書いて言った。一番人気はやっぱり出番が多くて響きがいいマリア様。予想通りだけど、ワタシもミミちゃんもそこにいくタイプではない。そもそもマリア様って先生のお話では何回も出てくるし、お歌の時間には「マリアさまのこころ」っていう、ひたすらマリア様の心をいろんなものに例えてくる歌を歌うけど、いまいち実態が見えてこない。布みたいなのを頭に被ったおとなしい人っていう感じ。そもそもイエス様を産んだっていうのが最大の偉業なわけでしょ? 生まれてくる子なんて自分じゃ選べないのにね。だからワタシは天から降臨する姿がなんとなくかっこよく見えるガブリエルの役に手を上げた。そうしたらガブリエル役も結構人気で、5人もやりたい子がいたんだけど。

人気の役はくじ引きかジャンケンで勝った人がやるって先生が言うから、ガブリエル役にマリア役、あとなぜか人気だった三人の博士役も含めて、6つくらいの役でジャンケンをすることになった。ジャンケンよりは先生がふさわしい子を決めるか、投票で決めるべきと思ったけど。だって太ったマリア様じゃ、馬小屋で子供を生むほど切羽詰まった感じが出ないし、鼻水垂らした博士は博識な感じがしない。ちなみに聖母劇のもとになってる絵本が配られたから読んだけど、マリア様の絵が全然妊婦に見えないことが気になって、ワタシはちょっと嘘くさく感じたけど。

 ガブリエル役のじゃんけんに負けたワタシが、マリア様とヨゼフ様が泊めてくださいって頼んでるのにダメって言うだけの、意地悪な宿屋の奥さん役になっちゃって地獄みたいに凹んでたら、「映画の意地悪な人ってみんな綺麗でかっこいいじゃん、宿屋の奥さんは宿屋の社長夫人だからドレス着られるよ。ガブリエルって実は男だよ」って言ってくれたのがミミちゃんだった。私は、「じゃんけんだからしょうがないじゃん」って言ってくる女の子とか、「今度はきっと好きな役やれるよ」って言ってくる男の子たちには全然共感できなかったんだけど、なんとなくミミちゃんの言うことには救われた。嘘を付いてないし、叶うはずもない夢を語ってもない。ワタシはとにかく、わからないことを勝手に決めつけてくるような物言いが嫌い。だって毎年毎年じゃんけんをやったって、私は毎年毎年負けるかもしれないんだから。

 で、同じく博士たちにイエス様の誕生を知らせるお星様役のじゃんけんに負けたミミちゃんが羊飼い役になったときに、「星なんて人間じゃないじゃん。キラキラ見えるのは光が反射してるからで、実際は石みたいな見た目だってママが言ってたよ。羊飼いは人間だし仕事してるし羊持ってるしかっこいい」って言ったのがワタシ。ワタシが言ったこともミミちゃんの信頼を得るに十分だったみたい。

 でもこれは誓いのときに教えてくれたんだけど、ミミちゃんはもっと前からワタシのことを運命の人かもって思ってたんだって。それはミミちゃんのおじいちゃんが死んじゃって、ミミちゃんが幼稚園を数日休んだとき。何日か幼稚園おやすみしてるから、マンションの4階にも来ないだろうと思ってみんなが誘いにも行かなかったんだけど、ワタシは一応ミミちゃんの家のチャイムを鳴らした。その時はなんでおやすみなのかわかんなかったし、幼稚園に行く時間は具合悪くて、午後になったらすっかり元気、なんてことはワタシにだってよくあった。そういう時に、家の前から4階を見下ろして、みんなが楽しそうに遊んでると急に切なくなるのよね。幼稚園やすんでる手前、自分からは遊ぼうって言いづらいし。

 で、お葬式も終わって家で暇してたミミちゃんは、ワタシの誘いが嬉しかったんだって。そんなことで運命、なんて思うかもしれないけど、子供の友情なんてそんなものよ。それで一生の友ができちゃったりするワケ。
 誓いを立てた日、ワタシはドレスを着て意地悪で美人な奥さんらしく、ミミちゃんは仕事人の羊飼いに合わせて髪まで切って、聖母劇が終わる前、自分たちの出番を待っている間に私たちは体操座りで横に並んだ。もともとちょっと背が高くて日焼けしててガッチリした体型のミミちゃんはショートカットにして男の子っぽくなっちゃって、ワタシはワタシでドレスなんて着るとうちのママそっくりでド派手な銀座のお姉さんみたいだったから、見た目はちょっと不思議なペアだったけど、ワタシたちは好きなお話も好きな歌も、おまけに喋り方や喋りたいこともちょっと似ていたから、他も人にはわからない共通点はたくさんあった。

 ミミちゃんは、ワタシみたいにたくさん服を持てるようになったら一緒におしゃれして出かけたいって言って、ワタシはミミちゃんのママが毎晩するって言ってたようにこれからはママにちょっとずつでも本を読んでもらって本の話もしたいって言った。それでワタシは持ってるおもちゃの指輪セットの中でミミちゃんの名前にあったグリーンの石がついた指輪をあげて、ミミちゃんは色鉛筆のセットをくれた。

 その誓いっていうのはお互いがピンチの時に守るっていうことと、お互いが一番の友達って決めることだったんだけど、決め事をすると破るのもまた人間だから、その後結構困ることはある、とワタシもミミちゃんも実は結構知ってた。ただ、いろんなファミリーがいるマンションっていう国の中で、共働きでパパもママもいないことが結構あるミミちゃんと、パパが滅多に帰ってこなくてやっぱり一人になることがあるワタシと、二人ともお互いが一番だねっていう約束が今は必要だと思ったんだ。(続く)

<文/鈴木涼美  写真/石垣星児  挿画/山市彩>

【鈴木涼美(すずき・すずみ)】
83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。09年、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。著書に『「AV女優」の社会学』、『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』、『おじさんメモリアル』など

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