セックスに異常なこだわりを見せる真希さん。ただ、これも子作りのためならばまだ理解できる。しかし、必ずしもそうではないのでは? と森岡さんは疑い出す。
「あんまり辛いから、友達の同世代女性に相談したんです。すると妊活経験のある彼女は言いました。本当に子どもを作りたいなら、排卵日の3日前から前日あたりに集中してセックスするものだし、その期間に備えて男のほうを休ませるべき。もちろん定期的にセックスはしたほうがベターだけど、毎日の必要はない。
奥さん、本気で子どもを作る気あるのかな? ちょっとおかしいと思う、と」
おかしいと感じても、真希さんの前でそれは通じない。

「頑張れば頑張るほどセックスに苦手意識が生じてしまって、頻度はどんどん落ちていきました。どうしようもないんです。でも真希は容赦なくて、
『どうせ今日もやらないんでしょ!』と罵声を飛ばしてくる。せめてもの抵抗として、僕も頑張ってるみたいなことを言い返しても、一歩も譲らない。そのまま冷たい空気が翌日まで続いて、真希がウンザリしながら
『結局わたしが歩み寄るのね』みたいな言い方をしてくる。その繰り返しでした」
平日も休日も、朝起きてから眠るまで、真希さんの罵声は続いた。真希さんは家事をほとんどやらないので、日中はとにかく時間がある。そのヒマをすべて森岡さんへのダメ出しエネルギーに費やしているようだった。
「
『子どもができないのは賢太郎のせい』って、僕の耳元でずっと言い続けるんですよ。反論したいんですが、あまりにも言われ続けると、だんだん反論する気力もなくなってくる。マウントポジションでボコボコに殴られている気分でした。しかも怖いことに、それが続くと最終的には『そうか、やっぱり自分が悪いのかな……』という気になってきちゃうんです」
それでも離婚しなかった。あの出来事が起こるまでは…
そこまで辛い日々が続いていたのに、なぜ森岡さんは離婚を考えなかったのだろうか。
「ちょっと厳しい状況だなとは思いながらも、
いつかこうならない日が来ると思い込んでいたんです。そのためには早く子どもを作らなければ……と」
もうひとつ、森岡さんには離婚を阻む精神的な枷(かせ)があった。親だ。
「僕がまだ小さい頃、
霞が関の官僚だった親父と専業主婦だった母親は、僕に『絶対に離婚なんてしちゃだめだ』と言い含めていたんです。どういうシチュエーションで言われたかは忘れましたが、とにかくその言葉がずっと僕の胸に刻まれていました」

ところが、あとになって森岡さんが離婚することを両親に伝えたところ、信じられない言葉が返ってきたそうだ。
「
『なんでもっと早く離婚しなかったんだ』ですよ。絶対に離婚するなって言ったじゃないか、話が違うと抗議しましたが、親もそんなこと言ってないと譲らなくて」
しかも、最初からふたりの結婚には反対だったとまで聞かされた。
「真希の第一印象は最悪だったそうです。
たとえば食器を片付ける時、真希は一切動かずに僕が率先して全部やっていたりとか、食事のマナーとか。僕は気にも留めていませんでしたが、親から見るとどういう教育を受けたんだと思うレベルだったと。僕らが帰ったあと、父は母に言ったそうです。『賢太郎がどれだけ我慢できるか、だな』って。それを離婚後に後出しジャンケンで言われても……ねえ」
なぜご両親は、結婚前にそれを伝えなかったのか。
「母はこう言いました。あなたはすごい重圧のなかで仕事をしていて、私やお父さんには思いもつかないことがいっぱいあるでしょう。だから、私たちが真希さんをおかしいと思ったとしても、
あなたにとって真希さんが精神的な拠りどころだというなら、応援するしかなかったのよ」
もしかしたら防げたかもしれない災厄だったのだ。言葉もない。
そして、専業主婦になった真希さんの心が少しずつ壊れていく。
※続く#2は、6月6日に配信予定。
※本連載が2019年11月に
角川新書『ぼくたちの離婚』として書籍化!書籍にはウェブ版にないエピソードのほか、メンヘラ妻に苦しめれた男性2人の“地獄対談”も収録されています。男性13人の離婚のカタチから、2010年代の結婚が見えてくる――。
<文/稲田豊史 イラスト/大橋裕之 取材協力/バツイチ会>