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愛犬の死から3年。新しい子を迎えたい気持ちと「過去」にしたくない気持ち

16歳の愛犬を亡くした心理カウンセラーが考えるペットロス Vol.30>  心理カウンセラーの木附千晶さんは、16年一緒に暮らしたゴールデン・レトリーバー「ケフィ」を2017年1月に亡くしました。
木附さんが16年間一緒に暮らした、ゴールデン・レトリーバーの「ケフィ」

木附さんが16年間一緒に暮らした、ゴールデン・レトリーバーの「ケフィ」

 ケフィはメニエール病などと闘い、最後は肝臓がんのために息を引き取ったのです。前後して3匹の猫も亡くし、木附さんは深刻なペットロスに陥ってしまいます。自分の体験を、心理カウンセラーとして見つめ、ペットロスについて考えてきた本連載をまとめた電子書籍、『いつかくるペットの死にどう向き合うか』(12月13日発売)を出版した木附さんに、「愛する者をなくした悲しみと向き合うこと」について聞きました(以下、木附さんの寄稿)。 =====================

愛する者の死は、世界が崩れるような喪失感

 長年、生活を共にしてきたパートナーであり、わが子ともいえるペット(伴侶動物)を失うことは、はかり知れないほど大きな喪失感をともないます。愛する者の死は、残された者に衝撃を与え、悲しみや寂しさ、後悔などの心の痛みや、それまでの世界が崩れていくような失望感をもたらします。 「最愛のペットを看取って以来、心に穴が空き、人生の道しるべを失ったかのようです」 「普段は立ち直ったつもりでいるのですが、辛いことや悲しいことがあって孤独を感じると、今も『あの子のもとに行きたい』と思ってしまいます」  愛犬「ケフィ」を亡くした当時、私が勤務していたカウンセリングルームで開いていたペットロス・セミナーに参加していただいた方々からは、そんな言葉も聞きました。

辛く、苦しくても逃げないことが大切

 かけがえのない愛着の対象を失ったことを受け入れていく「喪の作業」はとても辛く、苦しいものです。  でも、逃げずに、「しっかりと悲しむ」ことが大切です。苦痛から逃れたくて、「相手は人間ではないのだから」と自分を納得させようとしたり、「早く忘れよう」と思ったりしてはいけません。仕事などに没頭して気を紛らわそうとしたり、周りの人たちを心配させまいと、「早く元気にならなければ」と先を急ぐことは禁物です。 木附さんが16年間一緒に暮らした、ゴールデン・レトリーバーの「ケフィ」 悲しみから目を背けてしまうと、かえって心がダメージを受けたり、孤独から抜けられなくしてしまうこともあります。

「たかがペット」「新しいペットを飼えばいい」が傷つける

 残念なことに、ペットを失うことの悲しみを理解できない人もいます。「たかがペットじゃないか」という態度や「新しいペットを飼えばいいじゃないか」という言葉が、愛するペットを見送った人をどれほど傷つけるのか、想像できない人も少なくありません。  そういう人たちに囲まれていると、「動物のことでこんなに嘆き悲しむ自分はおかしいのではないか」と自分を否定したり、恥じたりしてしまうこともあります。  ペットロス・セミナー参加者の中には、心ない人々から二次被害、三次被害を受けている方が何人もいました。 「何食わぬ顔で出勤し、ちゃんとし結果を出さないといけないことが辛かった」 「だれにもわかってもらえないと知っているから、会社のトイレや人気のない会議室で泣いている」  人間であれば、葬儀や忌引きなどがあり、少しだけでも社会生活から遠ざかることもできます。法要など「みんなで故人を偲び、泣くための場」が用意されていたりもします。しかし、ペットの場合には、そうしたセレモニーや社会的配慮はありません。

悲しみを分かち合って

 ペットの喪失について語ったり、その感情を受け止めたりしてもらえる場が、世の中にはほとんどないのです。  愛情が大きければ、悲しいのは当たり前。  大切な者を見送ったのだから、泣いて当然です。そんなこともわからない人たちとは距離を取りましょう。ペットが与えてくれる深い愛情や喜びを知らない人など放っておいて、存分に悲しみましょう。  できたら、同じように大切なペット見送った経験がある人や、ペットが与えてくれる幸せを知っている人、嘆き悲しむ自分をそのままで受け入れてくれる人に話を聞いてもらいましょう。大きな喪失体験と向き合うには、悲しみをだれかと分かち合うことが必要です。
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次々溢れる後悔はどうすればいい?
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