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大河『豊臣兄弟!』足利義昭役の尾上右近。祖父は昭和の大スター・鶴田浩二、「先祖がスクランブル交差点」と語る華麗なる家系図

 華麗な家系図がある。祖父は鶴田浩二。曾祖父は六代目尾上菊五郎。映画界の大スターと歌舞伎界の大物が交わる。  孫の尾上右近はそれを「先祖がスクランブル交差点」と表現した。歌舞伎の音楽を担う清元の宗家に生まれた右近は、歌と演技の“二刀流”で、歌舞伎を中心に映像作品でも活躍している。  2026年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』(NHK)では足利義昭役を演じ、祖父・鶴田浩二の系譜に連なるような場面が垣間見える。“イケメン研究家”加賀谷健が解説する。

祖父・鶴田浩二のビブラートが聞こえてくる……

 尾上右近が出演した『徹子の部屋』(テレビ朝日系)2026年3月19日放送回終盤、黒柳徹子がこんなことを言っていた。 「やっぱり俳優っていうのはそういうのがいいなって思いますよね。ね、やっぱり出た! っていうのがいいと思いますよね」  これは2026年2月、右近が受賞した読売演劇大賞杉村春子賞の話題から、賞の名前にもなっている大女優・杉村春子の存在感について言及したものだった。杉村春子が舞台上に出てくる。それだけで観客を圧倒する。それが俳優という存在の凄さなのだと。  黒柳流に言い放つ「出た!」という表現が、あまりにも的確に言い当てている。しかも繰り返し言っていたのがいい。  聞いている右近はほとんど感動に近い面持ちで「とってもいいお話ありがとうございます」とリアクションした。それに対して黒柳がさらに「出た!っていうのがいいと思いますよね」と続けたのだ。  昭和の名優たちが顔を揃えて出演してきた、この番組ならではの気迫と見応えだ。  右近の祖父・鶴田浩二も過去の出演者だった。黒柳は「お顔似てらっしゃる」と面影を重ねていたが、番組中盤で朗々と話す右近の声からも、鶴田特有のビブラートが聞こえてくる……。

映画会社を渡り歩いた偉大な大スター

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 何を隠そう、熱烈な鶴田浩二ファンである筆者は以前、東映が配信する『東映シアターオンライン』(「東映シネマGメン」)にゲスト出演し、鶴田浩二愛をこれでもかと披歴したことがある。  MCのみなみかわから何度もツッコミが入る収録だったが、主に鶴田主演作『明治侠客伝 三代目襲名』(1965年)について語る台本作成のために耽読した、名著について触れなければならない。  鶴田が「兄貴」と慕った大プロデューサーであり、映画界のドンともいうべき俊藤浩滋の自伝『任侠映画伝』だ(帯コメントはビートたけし!)。  当時の映画界では、東映の鶴田浩二、東宝の三船敏郎というように、多くのスター俳優たちが各映画会社と専属契約するのが当たり前だった。  そして映画会社6社による協定上、俳優が他社に移籍することは簡単なことではなかった。そこで1960年6月、東宝にいた鶴田を東映が引き抜く仲介役を俊藤が担った。最初は渋る鶴田に対する口説き文句が凄い。 「東宝には三船敏郎がいるやろ。お前、どうやったって、三船の上には行かれんぞ。(中略) それやったら、心機一転、東映に移るのもええんやないか」(『任侠映画伝』から引用)  1948年に松竹からデビューした鶴田は、気さくな優男という感じの二枚目スターだった。美空ひばりと共演した『あの丘越えて』(1951年)などのヒット作があったが、『お茶漬の味』が公開された1952年に独立する。  さらにフリーになった後に所属した東宝から東映に移籍した。仲介した俊藤は東宝時代の鶴田を「腐ってる」と言ったが、彼のプロデュースによって任侠映画に活路を得た鶴田が、東映のスター俳優として再び気を吐く長い経緯がある。  尾上右近の偉大な祖父・鶴田浩二は、本当に輝ける場所を見つけるために映画会社を渡り歩いた大スターだったのだ。
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日本一美しいなで肩俳優の系譜
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