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“第2のきゃりー”三戸なつめ×中田ヤスタカの、さりげない深み

 少し伸びてきたからちょっと整えるぐらい平気だよね、と自分でぱっつんしてみたのはいいけど「ちがう……」となってしまった。あるいは美容院へ行ったのに「そこまで頼んでません!!」というほどにバッサリといかれてしまった。  そんな女性ならではの“あるある”ネタを曲にしてしまったのが、三戸なつめのデビューシングル「前髪切りすぎた」。 三戸なつめのデビューシングル「前髪切りすぎた」 裏原系ファッション誌のカリスマ読者モデルで、第2のきゃりーぱみゅぱみゅとの呼び声高く、各界のクリエイターが遊び倒したMVも話題とくればいかにもサブカル心をくすぐりそうなアイコン。しかしそこにさりげなく光っているのが中田ヤスタカの技。この愛らしいノヴェルティには、一筋縄ではいかない深みがあります。 ⇒【YouTube】三戸なつめ『前髪切りすぎた-たわし篇‐』http://youtu.be/j39nNV2NEjQ  サウンドはきゃりーぱみゅぱみゅに親しんできた耳によくなじむものですが、三戸なつめの歌が肉声に近いのでフォークソング的な揺らぎがある。加えてJポップ的な泣かせるコード進行もあり、より多くのリスナーに開かれた人なつっこさを感じます。  サビのメロディは、跳ね上がるようなノリを抜き取ったケイティ・ペリーの「California Gurls」といったところでしょうか。というと悪い意味で聞こえるかもしれませんが、ここが中田ヤスタカの優れているところなのですね。リズムの働き方が英語と日本語では違うことを、きちんとわきまえている。 ⇒【YouTube】Katy Perry – California Gurls ft. Snoop Dogg http://youtu.be/F57P9C4SAW4  無節操にサウンドとメロディを拝借してあとは知らん顔といったアーティストも少なからずいますが、彼は「いまの日本語でポップスを作る」という制約から絶対に離れない。この平たくなってしまった言語からグルーヴを生み出す困難に、正面から立ち向かっているのですね。

<行方不明さ>の「さ」が飛び出す

 だから「前髪切りすぎた」には、日本語でしか成し得ない技がきらめています。それが<前髪は 行方不明さ>の「さ」。これが同じ小節の中で歌い切られず次のフレーズへと句またがりになっている。文章上は<前髪は 行方不明さ いっつも 切りすぎた>と記される部分が、実際には“前髪は 行方不明 さいっつも 切りすぎた”と聞こえるわけです。  ここ以外は一つの意味のかたまりが所定のメロディと小節の中で処理されているのに、「さ」が飛び出す瞬間だけエラーが起きる。すると言葉として成立しない“さいっつも”が曲のフックになってしまうのですね。  そして何よりも、そこに意味がないことにうろたえない潔さが抜きん出ている。加えて決して歌い上げない三戸なつめも見事。人差し指だけで鍵盤を押さえるようなたどたどしいボーカルだからこそ、この企みも成り立つというもの。  日本語に対して忠実な中田ヤスタカだからこそ生まれた大胆な冷やかさ。なんだか狐につままれたようですが、これぞソングライティングの妙味と唸らされる一曲でした。 <TEXT/石黒隆之・音楽批評>
石黒隆之
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。いつかストリートピアノで「お富さん」(春日八郎)を弾きたい。Twitter: @TakayukiIshigu4
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