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つんく♂は声を失って、今までにない曲を書けるかもしれない

<人間、有るものに頼れば隙が生じる、失えば、卻ってそれが強味になるものだ。> (『リア王』シェイクスピア 福田恆存 訳) だから、生きる。 先日、咽頭ガンを公表、のちに声帯の摘出手術を受けたつんく♂。その著書『だから、生きる。』には、声と引き換えに、それでも家族とともに歩んでいく悲壮な決意がつづられています。   バンド・シャ乱Qを経て、モーニング娘。のプロデューサーとして大成功を収めたのはご存知の通り。けれども、その激務の中で知らぬ間に病を放置しておいたのではないかと、記憶をたどっていく冷静な筆致に、事実の大きさが改めて浮き彫りになる。 <歌い手として、声との別れは本当に苦しい。でも、命の代わりはない。僕の代わりもどこにもいない。声帯を残して命がなくなったら、あとからどうにかするなんてこと絶対にできない。> (第5章 永遠の別れ 2014.10~2015.4)  ボーカリストとしての矜持とソングライティングが固く結びついていたつんく♂の心の内は計り知れません。

失ってもなお強いミュージシャンたち

 しかし、音楽とは不思議なもので、失ってもなお強い者がたくさんいるフィールドなのですね。もちろん、“だから頑張ってください”などと言えるものではありません。ただ、事実として一部の機能を失いながらも、豊かに生き続ける作品を残してきた人たちがたくさんいる。  軽々にエールなど送れないかわりに、そこを無視することもできない。本書をきっかけに、今一度そんなミュージシャンの曲をご紹介したいと思います。

四肢が麻痺した車いすのシンガー・ソングライター

 まず、18歳のときに起こした交通事故で半身不随の車いす生活を余儀なくされた、ヴィック・チェスナット(1964~2009)。その後、アルコール、ドラッグ中毒、さらにはうつ病まで患いながら、粗くきらめく原石のような曲を書くソングライターでした。  「Myrtle」(96年のアルバム『About To Choke』収録)は、思うように曲がらない指のせいか、ほとんど単音になったガットギターと、バトンを受け継ぐように、歌の合間を静かに埋めていくピアノが素晴らしい一曲。 ⇒【YouTube】Vic Chesnutt – Myrtle http://youtu.be/_hnlxvXzu_Q  エミリー・ディキンソンやジョン・ダンとの共通点も指摘されるように、その詞の多くは自殺や病にまつわる鬱屈としたもの。しかし、チェスナットがそちらへ傾くほどに、メロディや演奏が抗うように生き生きとしてくるのですね。  音の数も少なく、ボリュームも小さいのに、ひとつひとつの存在が大きい。チェスナットには、できることよりもできないことのほうが多かったでしょう。けれども、すべきことは誰よりも明確に把握していたのではないか。より正確を期せば、把握せざるを得なかった、のかもしれませんが。

「ラストダンスは私に」に込められた意味

 続いても、人生の多くを車いすの上で過ごしたソングライター。ドク・ポーマス(1925-1991)は、幼少期にかかったポリオのため、早くから杖なしでは歩けない身体になっていました。そんな彼が残した一世一代の名曲が「Save The Last Dance For Me」。越路吹雪や菅原洋一が歌った「ラストダンスは私に」の邦題でもおなじみ。 ⇒【YouTube】Harry Nilsson – Save the last dance for me http://youtu.be/FrRUgkSV8SE  これは、ある晩ポーマス夫妻がパーティーに出掛けた際に目にした、愛妻が他の男と踊る光景がもとになっているのですね。障害ゆえダンスのできないポーマスは、それを黙って見ているより他ありませんでした。  だからこその“Last”という形容詞。「最後の」とは、決して起こり得ないイベントなのですね。つまり、ささやかな夫婦の楽しみさえ、自分たちは味わえない。 ドク・ポーマス ただし、ポーマスはただ不可能を嘆くだけでなく、そこに新しい視点を与えました。“おいおい、お楽しみのようだけど、まさかそいつと一緒に家に帰るつもりじゃないだろうな? じゃあ、最後は俺と踊るのをお忘れなく。(まあ、できないんだけどね)”  こうして、音楽に合わせて愛を確かめ合う当たり前の出来事に、わびしさとユーモアを見出したのです。病からくる不自由が呼び起こす“架空のダンス”が、時の流れに耐え続けるフレージングを生み出したと言えるでしょう。

整形しすぎで口が動かない!?

 最後は、音楽的な自由を犠牲にしてまで、美を追求し続けるドリー・パートン(1946-)。  自らも出演した映画『ジョイフル♪ノイズ』でもネタにされていた整形手術のせいで口角の可動域が狭まっているように見えます。さらに、そのゴージャスな顔面に負けじと伸びた、魔女のような爪。どう見ても、ギターを弾くための指ではありません。 ⇒【YouTube】Dolly Parton-In My Tennessee Mountain Home http://www.youtube.com/watch?v=aWNcWVxprDA&feature=youtu.be  それでも見事なフィンガーピッキングで、カントリーの古典を朗々と歌う姿からは、消し去れない地力が垣間見えます。その肉体から音楽のために割り当てられた領域が減るほどに、ドリー・パートンという歌い手、ギタリストの実力があらわになるのです。

つんく♂は声を失ってもミュージシャンだ

 確かに、つんく♂は声を失いました。その代わりに一命を取り留めたのだと言っても、何の慰めにもならないでしょうし、いまでも100パーセント理解し、納得しているわけではないのかもしれません。  しかし、以前ならば考えるより先に身体で表現できた、その手前に、声そのものについて考える一手間が生まれたとしたらどうでしょう。声の分子を頭の中で組み立て直して、響かせてみるとでも言ったらよいのでしょうか。  そのとき、自分では決して出せなかったような、新しい声が鳴っていたとしたら、ソングライティングにどんな影響をもたらすでしょうか。『だから、生きる。』を読み終えて、つんく♂には、それを追い求める強さがある、と感じました。 <他にもこんなミュージシャンが> ●ジョン・マーティン   イギリスのソングライター。病気で右脚を失っても、すべては奪えないと語り、入院中に好きになったというスタンダードナンバーは「All Of Me」。  そんな彼の遺作となったアルバムには、フィル・コリンズのカバー「Can’t Turn Back The Years」(年月は巻き戻せない)が収録されている。 http://www.youtube.com/watch?v=DfTmrRz7lzo ●タウンズ・ヴァン・ザント   テキサス出身のソングライター。たび重なる自傷行為を止めようと彼の家族が頼ったのはインシュリンショック療法。これにより、彼は幼少時の記憶の全てを失った。 http://www.youtube.com/watch?v=SDymc0CJ6pQ ●ブラインド・ウィリー・ジョンソン  数多くいる盲目ミュージシャンの中でも、その理由が最も悲惨。諸説あるが、母親の不倫現場を目撃したため、相手の男から薬品をかけられたのだという。にもかかわらず、生涯神への忠誠を誓い続けた伝道師で、ナイフを使ったスライドギターの名手でもあった。 http://www.youtube.com/watch?v=PTH-izqmOOA <TEXT/音楽批評・石黒隆之>
石黒隆之
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。いつかストリートピアノで「お富さん」(春日八郎)を弾きたい。Twitter: @TakayukiIshigu4
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だから、生きる。

歌手、音楽プロデューサーとして大成功を収める著者を突然襲った「喉頭癌」という病は、一番大事にしてきた声を奪い去った……。

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