まず、子どもができたときに、父親が誰かわかりやすい点が社会的メリットがあります。

そんなの当たり前でしょ、と思う方が沢山いるでしょうが、人類の長い歴史において、父親がだれであるか、本当に自分と血の繋がった子であるかは男性にとって切実な問題でした。
なので、一夫一妻制で、婚外セックスを不貞行為とすることは、男性たちの不安を解消しつつ、家父長制を成立させるために必要な条件でした。明治時代に完成されたこの制度は、男女関係なく不倫バッシングが強化されている昨今、より根強くなっている気がします。
それから、
意思で欲望や感情はコントロールするもの(出来るもの)という考え方が前提としてあり、それがなければ成立し得ないセットであるという重要な点が、見落とされがちなところを忘れてはいけません。誰と結婚をするかどうかの選択は本人の意思だと、自由恋愛の末に結婚する人が多数派になっている現代においては自明となっています。これは、多くの人にとって、恋愛感情と結婚の選択を直結させることも分けて考えることも可能になったということです。

個人と呼ばれる存在の僕たちは、意思を持っています。そして、各個人に、欲望と感情があります。意思と欲望と感情の関係の捉え方が難しいのですが、
結婚とセックスをセットにするということは、欲望や感情の行為であるセックスを、意思で成し遂げるものとしていくということです。
ここに疑問を持たずに結婚をすると、欲望や感情を否定したり、意思が弱いと自分を責めることになります。結婚するときに、一生この人とセックスをし続ける、この人以外とはセックスをしないと意思で決断したのに、途中でセックスしたくなくなったり、他の人とのセックスをしたくなったりすることを意思の欠如、感情や欲望の暴走とするということです。
結婚におけるセックスは、感情や欲望だけではなく意思も必要ですが、もちろん意思だけでは無理です。それができてたら、みんなAV男優になれるんです。しかも歴史上類を見ないスーパーAV男優です。どんなトップ男優だって、意思で完全にコントロールできないし、感情や欲望にセックスするかどうかを委ねていたら仕事になりません。

結婚は本人の自由ですが、そこには意思か感情か欲望があって欲しいです。できたら全てがバランスよくあり、結婚生活を送っていく上で、お互いに歩み寄り調整しながら、バランスをとり続けて欲しいです。それには、あなたに意思や感情や欲望がなければなりません。ただ流される結婚では誰も幸せにはなれません。
その上で、結婚生活をするのにセックスがあるとないとでは、充実度が変わってきます。これは同棲生活にも言えることですが、言葉のやりとりだけではなく、体を使ってつながっていくことは、理屈じゃない次元で2人をつなぎとめてくれます。ここで言うセックスとは挿入が前提となるものではなく、触れ合うという意味のセックスです。長く関係を維持するにはセックス(触れ合い)が欠かせません。