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ナイキ広告動画に反発する恥ずかしい人々が気づかない「問い」

 新型コロナウイルス感染が大きな話題となった2020年ですが、ウイルスだけでなく人間の言動による禍(わざわい)も見つめざるを得ない一年だったように思われます。  なかでも、記憶に新しいのがナイキが日本向けに行ったCM動画へのバッシング騒動です。 『動かしつづける。自分を。未来を。The Future Isn’t Waiting, #YouCantStopUs』と題された動画では、父親が黒人で母親が日本人の少女、在日コリアンの少女、いじめられている少女の、3人のサッカー少女が、学校や街の人々・社会からの差別的な言動を受け、「わたしって何者?」「普通じゃないのかな…」と悩み、スポーツを通じて、「ありのままに生きられる世界」を待つのではなく自分から作り出していくといった内容で、ナイキは「アスリートのリアルな実体験に基づいたストーリー」だとしています。  この動画が公開されると、支持の声があがる一方で、SNS上では“ナイキが民族・人種差別を誇張している”、“日本に差別はない”、“日本だけをおとしめている”などと反発する発言が見受けられ、一部のSNSユーザーはナイキ商品をボイコットすると表明しています。  このことについて、社会問題について発信を続けるラッパー、ダースレイダーさん(43歳)に見解を伺いました。ダースレイダーさんは東京大学中退、脳梗塞から生還という異色の経歴を持ち、執筆やYoutubeで活躍しています。

<我々>意識について考えた

ダースレイダー氏

ダースレイダー氏

「<我々>意識について考えました。  BLM(ブラック・ライヴズ・マター)のような運動でマイノリティー側が主語として用いる<我々>、これは<我々は奴隷としてアフリカから連れてこられた><我々は名前を奪われた>という形で黒人がなぜマイノリティーとして米国にそもそも存在しているのか?を語る際の主語にもなる。それを語る個々人の体験でなくとも<我々>の体験である、と。そして常に<私>が属する<我々>について考えている。  人工国家である米国はそもそも自らの手で<我々>を作り出そうとしてきた。その<我々>に、私は、私たちは入っているのか?南北戦争、婦人参政権、公民権運動から現在に至るまでこの問いは続き、その間に人口構成も含めて<我々>は変化してきている。  ですが白人至上主義者にとっては<我々>は<白人>であり、非白人はたまたま席が余ってたから座らせただけだという論理になる。  国名にUnitedと入っている国の建国の理念に基づいた<我々>の定義をめぐる議論は、差別との戦いとしても日常の前提にもなる。常に<我々>と<私>について考える」(ダースレイダーさん、以下同)
 歴史上、<我々>と、それ以外の<彼ら>を分ける境界線は、とくに戦乱状況においては味方と敵を二分する線として機能してきました。  戦時ではない日常においても、2020年5月25日に米国ミネアポリス近郊で、警察官の不適切な拘束方法によってアフリカ系アメリカ人のジョージ・フロイド氏が死亡させられた事件を例にとると、フロイド氏は非白人であるがために、警察官にとっては<我々>ではない者、つまり<敵>だとみなされ、呼吸ができない助けてくれと懇願したにも関わらず、頸部を警察官のひざで圧迫しされ死に至らしめられたと考えることができます。

無知、無思考であることを恥じないことはとても恥ずかしい

(画像:ナイキ社プレスリリースより)

(画像:ナイキ社プレスリリースより)

<我々>意識について常に考えざるを得ない状況にさらされてきた人々に比べて、日本人はどうなのでしょう? 「日本人の多くはこうした問いをしてこなかった、いや、問いそのものを知らなかったのではないか?  知らないだけで『我々』は形成されてきたし、<我々>に入れてもらえない多くの私も存在してきたにも関わらず。そして、時折<我々>と<私>が衝突する場面を特殊事例として初めて我が事にしたり、或いは距離をとってきた。  そんな問いそのものをしたことがないし、知らなかった。その事を恥じるならまだしも…そんな問いは存在しない!と公の場で発言する”匿名”の日本人が多くいる。これは教育の問題でもあると思う。無知、無思考であることを恥じないことはとても恥ずかしいと思う。  グローバルとはいえ、いちスポーツ企業のCMだ。企業の在り方への批判もいくらでも出来るだろう。でも、<我々>と<私>という問いについてどれだけの人がそもそも気づいたのだろうか?」  “どこまでが<我々>か?”という問いは、マジョリティ側が問う場合には、ほとんどそのまま“どこまでが国民か?”“どこまでが投票するべき人間なのか?”という問いとつながっています。例えば、日本でも、1889年に最初の選挙権が与えられたのは、直接国税15円以上納める25歳以上の男子のみで、女性に選挙権が認められたのは、第二次世界大戦後のことです。  こうした歴史や現状の問題を見つめ、問いかけていくことが、2021年を迎えるにあたって必要なことではないでしょうか。 <文/女子SPA!編集部> ⇒この記者は他にこのような記事を書いています【過去記事の一覧】
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