和風グリルチキン。鶏胸肉が卓越した技術でふっくらジューシーに焼き上げられている。味つけはシェフの執念の賜物である生姜焼のタレ
現在のGOTOOのメニューは、その当時よりぐっと絞り込まれた。その絞り込み方が絶妙というしかないのだが、その話は後に回そう。
何にせよ義彦さんは調理師学校を卒業後、フレンチなどの修業を経てGOTOOに入店。父親である真男さん(義彦さんは「マスター」と呼ぶ)と大喧嘩を繰り返しながら店を現在の形につくり変えていった。
その大喧嘩の一つが「豚生姜焼のタレ」である。ある時、義彦さんは一本のみりんと出合う。愛知県の「甘強酒造」による木樽3年間熟成のとろりと濃厚なみりんだ。そのまま飲んでも、紹興酒のようなコクと貴腐ワインのような深い甘味が楽しめる名品。
もともとの生姜焼のレシピは一般的なみりんに砂糖を加えて作られていたが、義彦さんはこれを甘強みりんに替えたいと考えたのだ。そうすればより深い味わいが得られるとともに砂糖を加える必要がなくなり、後に残らないすっきりとした味わいが最後のひと口まで楽しめる、と。
しかし、マスターは猛反対。「俺のレシピに不満があるのか」という職人らしい意固地さもあったが何より原価が跳ね上がる。ただ意固地さにかけては息子も負けていない。1か月毎日、まかないで一人だけ新しいレシピの豚生姜焼を食べ続けた。
義彦シェフが惚れた甘強酒造の「昔仕込本味醂」は、そのまま飲んでもおいしい。このみりんが引き立てる脂の甘味は、丁寧に切り揃えられ、気前よく大量に盛りつけられる千切りキャベツとの相性も抜群だ
最終的にマスターも根負けし新レシピは採用となるのだが、義彦さんの思惑は見事に当たり、数あるメニューの一つにすぎなかった生姜焼はじわじわ売り上げを伸ばした。現在では押しも押されもせぬ一番人気メニューである。
そんな義彦さんは「変えるべきものと変えてはいけないものがある」という強固な哲学の持ち主でもある。その哲学がどういうものかは、近日公開予定の後編で改めて語っていきたい。
【稲田俊輔】
鹿児島県生まれ。自身も飲食店を手掛ける飲食店プロデューサー。著書に『
人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』(扶桑社)、『
南インド料理店総料理長が教えるだいたい15分!本格インドカレー』(柴田書店)
<取材・文/稲田俊輔 撮影/林 紘輝(本誌)>