
――津田さんご自身についても教えてください。活動初期の逸話ですが、録音スタジオでアルバイトをしていたときに、北野武監督にプロフィールを渡して直談判した結果、『ソナチネ』(1993)への出演に繋がったというのは本当ですか?
津田「本当です。北野監督だけでなく、ほかの監督にも直談判していました。映画に出たいと思いつつ、当時、やっている仕事といったら2時間ドラマのエキストラや、ノルマのたくさんある小さい舞台くらいでした。
そんなことが続いて、小さな事務所に籍を置いていたとき、当時のマネージャーさんに『
最近なにか映画観ました?』と聞いたら、『
映画なんて観るほど暇じゃない』と返ってきて。『
ひょっとしたら今自分は映画と一番遠いところにいるんじゃないか?』と感じて、1回全部ゼロにしようとフリーになりました」
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『ONODA』より
――そうなんですね。
津田「そしてまずは日本映画を入力するところから始めようと、寝ても覚めても日本映画を観まくりました。そこで自分の好きな監督が浮き彫りになってきて、その監督たちに直談判しようと。当時フリーでやっている俳優はほとんどいなかったし、俳優が自分から動くなんてなかったけれど、自分みたいな俳優が待ってるだけじゃ絶対に仕事はこない。
人がやっていないことをまずやらないとマズイと思って、自分で動きました。
実際監督とお話しができると、同じシネフィルですし、もともと好きな監督のところに行っているわけですから、監督の作品についてもいくらでも話せて、そうこうするうちに、オーディションに呼んでもらえるようになったんです」