Lifestyle

猪瀬元都知事の“セクハラ問題”の根本は、パワハラだと考えられる理由

動かしがたい力関係の中で

 似たようなケースが、エンタメでもありました。2013年、アメリカの有名カントリーミュージック局のラジオDJ(当時)からハラスメントを受けたテイラー・スウィフトのケースが象徴的です。  コンサート前の記念撮影で、そのDJがテイラーのスカートの中に手を入れ、お尻をつかんだのです。テイラーがラジオ局にセクハラを告発したところ、DJは解雇されました。
テイラー・スウィフト

テイラー・スウィフト

 これに対し、失職したDJがテイラーを相手に2015年に300万ドル(当時のレートで約3億2800万円)の賠償を求める訴訟を起こしました。裁判は2017年に結審し、セクハラを受けたとするテイラーの主張が認められ、逆に元DJから1ドルの賠償金を勝ち取ったという話。  なぜこの一件が大きな意味を持つかというと、性犯罪の3分の2は報告すらされない(※)アメリカの事情があるからです。被害者は報復を恐れ、警察も民事不介入として、深入りしない。  そして、テイラーのケースでは音楽業界特有の構造も絡んできます。多くのミュージシャンにとって、ラジオDJは彼らの生殺与奪(せいさつよだつ)を握る存在。誰のどの曲をオンエアするかは、DJのさじ加減ひとつなのです。  これから売り出さなければならない新人女性アーティストの置かれた立場は想像に難(かた)くありません。テイラーへのハラスメントは、この動かしがたい力関係の中で行われたわけです。  テイラーは告発に際してこうコメントしていました。「(そのDJは)だからもしチャンスがあれば、守ってくれる人がいない若いアーティストにも同じことをするだろうと思ったのです。この出来事を彼のラジオ局に報告することは重要でした。」(ELLEgirl 2017年12月11日配信『なぜ訴えたか? テイラー・スウィフトがセクハラ裁判について語る』より)

知名度のある猪瀬元知事と無名の新人候補の関係性でのパワハラ

 この構図は、猪瀬氏と海老沢氏の関係性にそっくりです。全国的な知名度を誇る元東京都知事が、“わざわざ”無名の新人女性候補を応援する。猪瀬氏の力なしには名前を売り込むことすらかなわない。  この有無を言わせぬ利害関係において、男の年長者が年下女性の拒否権を封じ込める。これをパワハラと呼ばずして、なんと呼べばよいのでしょうか?
 こうしてみると、太田光氏や杉村太蔵氏のフォローがいかに的外れであるかがわかると思います。そして猪瀬氏の「仲間を紹介する際、特に相手が異性の時は肩に手をやるなど身体を触ることには慎重になるべきだとご指摘をいただきました。確かに軽率な面がありました」との釈明も不可解です。  なぜなら、猪瀬氏が触れたのは肩ではなく胸であり、しかもしっかりとその部位に視線を向けて確認したうえで何度も触っていた状況からして、「軽率」とはかけ離れているからです。  加えて、海老沢候補の対応も完全に悪手でした。
 確かに彼女自身のキャリアと日本維新の会の和(わ)を保つという小さな目的は果たせたかもしれません。しかし、同時にそれが弱い立場にある女性たちの声をあげる機会を奪ってしまったとは考えられないでしょうか?  あえて厳しいことを言えば、公人として社会問題に取り組むための視座に欠けていると言わざるを得ません。告発とまではいかなくとも、せめて猪瀬氏の行為を決して許されないものと断じた上で、謝罪を受け入れるなら受け入れるという手順を踏むべきでした。  この問題は“スケベじいさんの暴走”と矮小化してはならないのです。 <※RAINN(Rape, Abuse & Incest National Network)による> <文/石黒隆之>
石黒隆之
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。いつかストリートピアノで「お富さん」(春日八郎)を弾きたい。Twitter: @TakayukiIshigu4
1
2
Cxense Recommend widget
あなたにおすすめ