「夫は地元の幼なじみと不倫していたんですよ。相手は子どももいるし離婚できない。夫は自分も結婚すれば立場が同じになる、そうすれば相手の罪悪感も減らせると思った、と。
そのスケープゴートに選ばれたのが私だった。紹介してくれた知人は、夫の不倫のことは知らなかったけど、義母は知っていた。知っていながら、結婚すれば不倫も終わるだろうと思っていたらしい」
みんなに騙(だま)されたんですと、サチさんはうつむいた。毎週土曜日、幼なじみの人妻と数時間の逢瀬を重ねていた夫。そんな夫とベッドを共にしていた自分。そう考えると吐き気が止まらなかったとサチさんは言う。

「同じ部屋の空気も吸いたくない。そう告げて荷物をまとめてとりあえず、近くのビジネスホテルに泊まりました。夫が友人を呼んでのパーティをしぶったのも、そのことを知っている人がいるからだろうと推測できた。おめでたいのは私だけ。
嫉妬より屈辱感がひどかったですね。人を人とも思っていない。夫からメッセージが大量に来ましたが、開封もしませんでした」
相談したくても親もいない。学生時代からの親友に電話をかけると、彼女は飛んできてくれた。その日、彼女が来てくれなかったら絶望のあまり何をしでかしたかわからないとサチさんは振り返った。
それからは弁護士を入れて淡々と離婚協議を進めた。ただ、結婚生活が短かったため、彼女の「屈辱感と絶望」はあまり対価に反映されなかった。それでも引っ越しの資金を別途もらって、新しい生活を始めることができた。
「会社には結婚したことを言ってすぐ、離婚したことを言って。職場の人たちは、一時期、腫れ物に触るような扱いでしたが、かわいそうと思われるのがすごく嫌でしたね」
だから仕事に邁進(まいしん)したが、半年後にプツッと糸が切れた。希死念慮が強まったので自ら申し出て2週間ほど入院。その後もカウンセリングを受けて、なんとか「自分が生きていてもいいんだ」という感覚を取り戻したという。
「大学で心理学を学んでいたのと、親友の後押しで入院を決断できたことが大きかったですね」
カウンセリングを受けながらの職場復帰を果たし、今はようやく客観的に話せるようになったのだという。

元夫は、どれほど相手を傷つけるかまで考えて結婚したわけではないだろう。自分も結婚すれば、幼なじみとの不倫が楽になるかもしれないと思っただけ。だが、そんな安易な考えがサチさんを深く傷つけた。
たった数ヶ月のできごとから立ち直るのに3年以上かかっているのだから。心の損傷は大きい。もっと相手のことを調べればよかったのかもしれないが、信頼できる人からの紹介だったこと、お互いに結婚したいと思っていたことがベースにあったから、まさかそんな事態を抱えての結婚だとも思わなかったのだ。
「避けられない事故みたいなものだと今は思っています。でもじゃあ誰かとまた結婚するかと言われるとちょっと……。人生、折り返し地点にきて、これからどうやって生きていこうかと考える日々ですね」
子どもはもうあきらめるしかないのか、このままひとりで老いていくのか。タイムリミットは近づいているが、新たな決断と行動はまだ起こせないようだ。
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<文/亀山早苗>
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