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親を「しょうがない」と割り切ることで親子関係が変わる/村井理子×こだま対談<前編>

歳を取ることで変化した親子の上下関係

――こだまさんは『夫のちんぽが入らない』で家族への偽らざる感情を書きました。一方、今回の『ずっと、おしまいの地』には、がんを患ったお父さんを見舞うため、頻繁に実家に帰る様子が書かれています。確執のあったご両親と、なぜここまで関係修復できたのですか。 こだま:『夫のちんぽが入らない』のときは、母から「子どもを産め」としつこく言われて憎んでたので、わりと悪く書いてました。昔のエッセイを読み返すと、父のこともすごく冷めた目で見ている。でも時間が経つにつれて、親との関係性が変わり、私にも余裕ができたように思います。親が衰えていく一方で私が大人になり、昔は親が上から目線だったのが、私のほうが上になったのかも。 村井:親との関係性が逆転するのは私もよくわかります。 こだま:いい意味で当時の母の言動を「しょうがないよな」と割り切れるようになりました。 村井:なぜ親が過去にある言動を取ったのか、突然わかる瞬間があるんですよね。私の場合は、子どもとの関係が断絶したときの苦しみを考えるようになって、親を許せるようになりました。あと、子育てが本当につらくて、母も同じように悩んでいたんじゃないかと気づいたんです。私は病弱だったし、兄も問題行動の多い子どもだったから、すごく大変だったと思います。10代の頃の私にも非があったなと反省してからは、母を責める気持ちはなくなりました。 こだま:私の母は生まれてからずっと田舎に生きてきて、女性は家事して育児するもの、という考え方しか知らない人なんです。だから私にもそれを強いてきた。母がそういう考え方になるのも環境のせいだったんだと諦められました。思い返すと母も子育てが一段落したとき、急に「資格取りたい!」って言い出して、田舎から数週間飛び出して都会に講座を受けに行ったことがあって。 村井:すごい行動力! こだま:もともと母は社交性もあって、行動的だった。子どもと父の面倒を見るために、自分のことを我慢してたんだなぁと思います。 ――以前、村井さんは「実家の家族がみんな今も生きていたら、もっと楽しく過ごせたかも」とおっしゃっていました。 村井:そうですね。特に兄が死んだことの後悔は、一日たりとも消えません。死ぬ少し前に、家賃の援助をお願いされて、断ったんです。離婚した兄は、親ひとり子一人でしたが、甲斐性もなかったし、病気もして、生活がままならなかった。でも、当時の私はこれ以上兄を支えたら、自分も悪い状況に巻き込まれると思って距離をとりました。自分の生活を守ることに必死で、兄を助ける余裕がなかった。とはいえ、お金の援助くらいはしてもよかったんじゃないかと今は思います。大きな後悔ですね。

男は老いるとチェーンソーを握る

――村井さんが『ずっと、おしまいの地』でお気に入りのエピソードを教えてください。 村井:どれも好きですが、最も印象的なのは「父の終活」ですね。がんを患ったお父さんが突然チェーンソーを振り回し、自宅の木々を伐採したエピソードがありましたけど、私の義理の父もまったく同じことをしたんですよ。 こだま:えっ! チェーンソーを振り回す老父って「あるある」だったんですね。 村井:ね。私も読みながらびっくりしちゃって。「俺が死んだら誰も世話できひんやろ」と言って、庭の木を切りまくってました。 こだま:まったく同じ理屈です。 村井:本当にゼロか100なんですよね。愛情をかけて育てた木を急に「ぶっ殺す」という感覚が、私たちからするとよくわからない。 こだま:ここまでしなくてもいいんじゃないかと思うんですけどね。 村井:義父は自分でみかんの木をがんがん伐採しておいて、翌年「実がならない……」って泣いてるんですよ。バカじゃないの?って思っちゃうんですけど(笑)。 こだま:なぜか「自分がやらなくて誰がやる」っていう責任感が強くて、体は弱っているはずなのに、衝動的に動くんですよね。 村井:凶暴で止められない。彼らはすごいパワーで終活をするんですよね。 こだま:自分が担当していたものを片付けるという意味では、チェーンソーを振り回すのも彼らなりの終活なのかもしれませんね。もう少し穏やかにできないものかと思いますけど。 村井:こだまさんはご両親のこともすごい愛情を持って書いてるのがよくわかります。 こだま:父ががんになってから、母は怪しい健康食品にハマってしまったり、父自身はノーマスクでヨガ教室に通ったりしましたが、一面的に書かないように気をつけてはいます。 村井:そういう困った行動はごく一部で、ご両親にはちゃんと人間らしい素敵な面がたくさんあるんですよね。お父さんが偽物のプーマのジャージを着てチョコモナカジャンボを頬張る様子だったり、お父さんのマネをしておどけてみせるお母さんのかわいらしさだったり。 こだま:村井さんも『家族』の中で「毒親の一言で母を、そして父を片付けようとは思わない」と書かれていましたが、私もずっとその気持ちを持っています。 村井理子 翻訳家・エッセイスト。著書に『家族』(亜紀書房)、『兄の終い』『全員悪人』(共にCCCメディアハウス)、『村井さんちの生活』(新潮社)など。新刊は読書案内エッセイ集『本を読んだら散歩に行こう』(集英社)。翻訳は『エデュケーション』(タラ・ウェストーバー著、早川書房)、『サカナ・レッスン』(キャスリーン・フリン著、CCCメディアハウス)、ほか多数。 こだま 作家、喫茶店アルバイト。2017年、実話をもとにした私小説『夫のちんぽが入らない』(扶桑社)でデビューし、ベストセラー作家に。「Yahoo!検索大賞」(小説部門)を2017・2018と二年連続で受賞。二作目となる『ここは、おしまいの地』(太田出版)では第34回講談社エッセイ賞受賞。著書に『いまだ、おしまいの地』『縁もゆかりもあったのだ』(いずれも太田出版)。 <取材・文/安里和哲 撮影/山田耕司>
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