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原稿が書けない小説家が精神科医に相談したら「部屋を掃除しろ」。意外な理由が心にしみる<春日武彦×平山夢明>

「今、やる気がしない」ってのは、だいたい雑になってる

――ここでは、やる気を起こそうとしても「足を引っ張りがちな心理」について説明してもらいつつ、悩める研修参加者たちが事前に提出した相談に答えてもらえましたら。 春日:「足を引っ張りがちな心理」として、「『雑な振る舞い』モード」ってのに注目してみたいんだけどね。ちょっと事前質問のですね、「プライベートでの悩み編」の一部を先に見てみましょう。8番から12番まで、まとめて読んでいただけますか。 春日武彦氏――はい。では、事前に集まった質問ですが、 「⑧漠然(ばくぜん)とした虚無感・不安感との付き合い方」 「⑨人生が停滞しているように感じたときにはどうすべきか」 「⑩日常で『楽しい』と感じることがほとんどありません。『楽しい』という感覚を取り戻す方法、あるいは『人生の暇つぶし』としてオススメの方法を教えてください」 「⑪コロナ禍になってから、気持ちがすっかり不安定になってしまった。以前のように心に安定を取り戻すにはどうしたらいいのか」 「⑫コロナ禍で人と会うことも少なくなり、独り暮らしで大した趣味もないので、毎日が索漠(さくばく)としてしまいます。救いはあるんでしょうか」 春日:はい。こういうのってさ、どれも心の解像度(かいぞうど)が非常に低下してるっていうか、画素が粗(あら)っぽくなってて、だから精神状態が雑になってるんだと思う。雑になるとさ、投げやりになったり、詰めが甘くなったり、自己嫌悪に陥ったり、無敵になったり、不安になったりする。  だから、心の解像度をどう上げるかということなんだけど、そうなるとね、とにかく目の前の仕事とか家事とか整理整頓など、あえて丁寧にゆっくり心を込めてやる。そうするとその結果としてささやかな達成感とか満足感、あるいは忘れていた感覚っていうのが呼び戻されて、きめ細かで充実した日常が蘇(よみがえ)って、やる気スイッチもオンになってくるというふうなことがある。「まずは丁寧に目の前のことをしろ」っていうね、ある意味当たり前といえば当たり前の話になってくると思うんですよね。 「今、やる気しねえんだ」ってのは大体、雑になってるんだからさ、そこはね、部屋を片付けるみたいなのも含めて、「丁寧に、まずは手近なもんからやってみろ」っていうことになると思うけどね。

恥の器はいつも満タンに

左から春日武彦氏、平山夢明氏平山:ここで拝見したところでちょっと思ったのは、他人にどう思われようともう構わないんで、やりたかった趣味みたいなのを始めるといいんじゃないかな。あのね、割と昔の年寄りってみんな趣味を持ってたじゃないですか、僕らの上の世代っていうのは。金魚育てるでもなんでも趣味を持ってたんですよ。  ところが今の40代から下の人たちって、やっぱり小さい頃から一生懸命勉強したりなんかしてきたせいかどうか分かんないんだけど、ゼロから組み上げていくような趣味があんまりない。もうある程度用意されている、定食屋に行って、はい食べるだけみたいなゲームとか、ああいうのはあるんだけど。ゼロから本当に自分がちょっとずつ進めていくような趣味ってあんまりないような気がするんですよね。  釣りの趣味を持ってるような編集者は、やっぱスピリッツ強いですよ。別に趣味と仕事を分ける線を引く必要は全然ないけど、趣味って映画を観たりするのと同じように、没頭できるじゃないですか、その時間だけだから。  あとはなんだろうな、スポーツを始めると良いような気がする。なんでかっていうと、恥かけるので。 春日:ああ、恥ね。なるほど。 平山:だって初めてやるじゃん。うんといっぱい恥かくじゃないですか。「恥の器」っていつもいっぱいになってるほうが僕はいいと思うんですよ。慣れるから、恥は。 春日:うん。 平山:これ、恥の器が空っぽになると、入ってきた恥にすごく敏感に動いちゃうんですよ。「うわー」って。「やっちゃった」と思うんだけど、でもね、常日頃から器いっぱいに恥があると、「どーも、すいません(笑)」みたいな感じで対応できる。なんでこれを言いたいかっていうと、僕、芸人に仲間が多いんですけど、あいつらはすごい心臓が強いんですよ。 左から春日武彦氏、平山夢明氏春日:タフだよね。 平山:お客が全然笑わなくても平気で帰ってきたりするんで。「お前、なんで?」って言ったら、「いや、やっぱり最初はもう本当に落ち込んで、震えたりもしてたんだけど、そのうちコップがいっぱいになって、ある日、気にならなくなる。だから全然平気なんですよ」って言ってましたから。ただ、そいつは芸人なんで、「それが気にならなくなったらダメだろう。だから売れないんだよ」って言いましたけど(笑)、でも、一般の人なら良いわけじゃないですか。  ただ、会社だったり、恋人や家族の前でじゃできないかな? イヤだから。刺さるから。でも、「ダメですよ。そういうこと」と怒られても、「すみません」とか言って、自分から「ニセの恥」を詰めこめばいいような気がしますね。 【Amazonで好評発売中!】⇒『「狂い」の調教 違和感を捨てない勇気が正気を保つ』の詳細を見る 【春日武彦(かすがたけひこ)】 1951(昭和26)年、京都府生まれ。医学博士。日本医科大学卒。産婦人科医を経て、精神科医に転進。都立松沢病院精神科部長、都立墨東病院神経科部長などを経て、現在も臨床に携わる。著書に『精神科医は腹の底で何を考えているか』(幻冬舎新書)、『猫と偶然』(作品社)、『無意味なものと不気味なもの』(文藝春秋)、『奇想版 精神医学事典』(河出文庫)、『鬱屈精神科医、占いにすがる』(河出文庫)などがある。 【平山夢明(ひらやまゆめあき)】 1961(昭和36)年、神奈川県川崎市生まれ。法政大学中退。デルモンテ平山名義でZ級ホラー映画のビデオ評論を手がけた後、1993年より本格的に執筆活動を開始。実話怪談のシリーズおよび、短編小説も多数発表。短編『独白するユニバーサル横メルカトル』(光文社文庫)により、2006年日本推理作家協会賞を受賞。2010年『ダイナー』(ポプラ文庫)で日本冒険小説協会大賞、大藪春彦賞を受賞。最新刊は『俺が公園でペリカンにした話』(光文社)。 <文/山崎奎司>
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