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“毒親すぎた母”の異常性に気づいた瞬間…「パパと2人になりたくない」<前編>

「既読をつけなくても延々とLINEが送られてくるんです。酷い時は数十件の着信履歴が残されていた時もありました。一時期はノイローゼになっていたのか、夢の中まで母の“鬼電”に怯えていたことも……」  社会人のかなみさん(仮名・33歳)はフリーランスのデザイナーとして活躍する女性です。仕事も恋愛も順調で、そろそろお付き合いしている彼氏とのゴールインが見えているそう。  はたから見れば順風満帆な人生に思えますが、かなみさんには長年の悩みがありました。  それは“毒親”である母親・Yさんからの過干渉。独り立ちをしてから十数年の時が過ぎても、未だに実家への出戻りを促すのだと言います。  かなみさんの心を苦しめるYさんは一体どんな存在なのでしょうか。話を伺うと、そこには“毒親”の典型的行動が繰り返されていたのです……。

過保護・過干渉。それが当たり前だと思っていた

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※写真はイメージです(以下同)

 かなみさんは関東で生まれた一人っ子。母親は専業主婦で、物心ついた時から夫婦仲が良くなかったと言います。 「パパと2人になりたくない」を頻繁に口にし、幼い頃からどこへ行くにも娘と一緒。親と子供は片時も離れないものと言い聞かせられ、かなみさん自身もそれが当たり前と思っていたのです。  子供だけで遊びに行くのは一切禁止。行き先が近所の公園や児童館だったとしても、必ず母親が同行されたそう。小学校高学年までこのルールが続けられていた中、ある日友達に厳しい指摘を受けたとか。 「『かなみちゃんの家、なんでいつもお母さんがついてくるの?』と小5の時、クラスメイトにツッコまれてしまいました。もちろん母がいる場で……。子どもって怖いですよね、ストレートですから(笑)  まぁ言われてみれば他の家は子ども同士での外出を許可しているし、高学年なら電車に乗ってお出かけも今は普通ですよね。だからこそ友達はウチの家庭を見て、疑問に感じたのだと思います」

下校時や部活帰りに学校へお迎え

 指摘を受けるまでは厳しい行動制限が当たり前と思っていたかなみさん。友達の言葉にハッとさせられ、周囲を見渡すと自分の家が変わっている事実に気づきます。  そこからは徐々に親の存在が重く感じ、自由な同級生たちをとても羨ましく思っていたそう。  クラスメイトの一言があったせいか、中学からはYさんの同行がなくなりました。しかしホッとしたのも束の間。下校時や部活帰りに学校へほぼ毎日のように迎えがあり、それが娘の心を締め上げるのでした。
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実家にいつづける息苦しさは年々強くなり…
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