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高橋一生の肉声はこの世の悲しみを隠さない。『直虎』『岸辺露伴』劇場版を経て今夏まかされた重大な責務とは

高橋一生の肉声は、この世の悲しみを隠さない

そして、高橋一生の声が『兎、波を走る』では生きてくる。言葉をしっかりとはっきり聞かせながらも、どこか重苦しく、何かを引きずっているようで、気にかかる。 高橋一生の肉声は、この世の悲しみを隠さない。 筆者はかつて、高橋一生を「悲劇俳優」だと書いたことがある。大河ドラマ『おんな城主直虎』(17年)の第33回、「嫌われ政次の一生」のときだ。
高橋一生『NHKウイークリーステラ 2017年8/25号』NHK財団

『NHKウイークリーステラ 2017年8/25号』NHK財団

彼が演じた小野但馬守政次は、主人公・井伊直虎(柴咲コウ)の幼馴染みで、生涯、彼女を支え続ける。史実では井伊家を裏切った人物とされているが、ドラマでは、敵の目を欺くために偽悪的に振る舞い、散っていった話になっていた。他者のために身を挺(てい)する物語は珍しくはないが、真実を知るのは直虎と政次だけで、周囲には政次が悪人という芝居をして見せ、裏切り者の烙印(らくいん)を押されて死んでいく、まさに墓場まで持っていくところが最高の甘美なる悲劇だった。

『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』画家役こそ悲劇俳優の真骨頂

精神的にも身体的にも能力的にも強いけれど、それを振りかざすことなく、内に秘めたままにする。高橋一生の声の響きには重みがある。 『直虎』から6年、2023年5月、主演映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』が公開されたとき、政次を彷彿(ほうふつ)とさせる場面があり、高橋一生ファンは喜んだ。監督が『直虎』の演出を手がけていたこともあり、イメージが重なった。 岸辺露伴 ルーヴルへ行く高橋は主人公の岸辺露伴のほかに二役を演じ、そのもうひとりが政次を想起させたのだ。露伴が関わった黒い絵の秘密を握る江戸時代に画家・山村仁左右衛門。究極の黒を目指したがために、悲劇に見舞われながらも仁左右衛門が全身全霊で自分の表現を追求し、滅びていく。そしてそれが強烈な力を持って人々を死に至らしめる――これぞ悲劇俳優・高橋一生の真骨頂。 当たり役とされる岸辺露伴には、悲劇性はあまりなく、孤高にして天才、絶対的な強さのある人物で、それはそれで魅力的ではある。露伴の持つ知性や毒を醸しながら、漫画のキャラ独特の様式性を体現できる俳優は高橋一生をおいていないだろう。 だがやっぱり、生きる悲しみを持った人物を演じる高橋一生を見たい。その希望を叶えてくれたのが『ルーヴルへ行く』だった。仁左右衛門パートだけ独立した物語で見たい気さえしたほどに。 夏の終わりに幕を閉じる『兎、波を走る』は、悲劇を作り物として消費するのではなく、心にしかと刻み込む作品である。そんなとき、高橋一生の少しくぐもった声がちょうどいい。 <文/木俣冬>
木俣冬
フリーライター。ドラマ、映画、演劇などエンタメ作品に関するルポルタージュ、インタビュー、レビューなどを執筆。ノベライズも手がける。『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』など著書多数、蜷川幸雄『身体的物語論』の企画構成など。Twitter:@kamitonami
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