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東山紀之の最後の舞台は、苦難が降りかかる難役。「なんだかいつもと違う」と劇場で感じた理由

蜷川演出でも崩れなかった東山の強固な鎧

東山紀之といえば、ポーカーフェイスのイメージで、自身のゆらぎを決して見せない、その徹底的に自制心の強さが、よくも悪くも個性である。徹底した美意識みたいなものが、鉄のような強さとなって求心力を持つ。
『必殺仕事人(2023年1月8日放送)』 [DVD]TCエンタテインメント

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最近だとドラマ「必殺仕事人」(テレビ朝日系)の渡辺小五郎役は、狙った獲物はかならず仕留める腕っぷしの強さ、殺人を生業としている者のクールさも、彼の醸し出す役にぴったりであった。「刑事7人」(テレビ朝日系)の刑事役もそうで、淡々と何かを行っている組織のリーダー役がとても似合う。 彼のピアノのような固い音のような演技はある種の安定を心にもたらす。一方、弦楽器のように、震えるような心情表現に心揺らしたい場合、決して扉が開かないので、物足りなく感じる面が東山の演技にはあった。筆者は何度か取材をしたこともあるが牙城を崩せない、手強いなあと思ったものだ。 蜷川幸雄演出で、女方を演じた「さらばわが愛 覇王別姫」(08年)や、三島由紀夫作品を二作演じ分けた「ミシマダブル 三島×MISHIMA vs 蜷川『サド侯爵夫人』『わが友ヒットラー』などで、強固な鎧(よろい)を外すかと期待したが、蜷川をもってしても崩せなかったのではないかと感じたものだ。 もっとも蜷川は厳しいと言われながらも実は商業演劇だと出演俳優にとても気を使うとも言われていて、無理やり鎧を剥(は)がすことはしなかったのかもしれない。とはいえ、東山の様式的な美しさは抜群であった。

物語と会見とが重なって見えたりもして

さて「チョコレートドーナツ」である。東山はショーのシーンは圧倒的に華やかで、でもそれ以外は、終始、肩を落とし気味で、鍛えた身体を小さく見せていた。ビジュアルは映画のルディにずいぶんと寄せている。 が、アラン・カミングよりも声も動きも抑制して、ルディはショーでは華やかに歌い踊るが実生活は慎ましく暮らしている印象を受けた。長い髪の毛の後れ毛みたいなものにどこか、密やかに生きているイメージを感じさせる。
原作のアラン・カミング主演映画『チョコレートドーナツ』」ポニーキャニオン

原作のアラン・カミング主演映画『チョコレートドーナツ』」ポニーキャニオン

そこは役をそう解釈して演じているだけなのかもしれないのに、当人の実生活と重ねて、会見や社長業でお疲れなのかなとも思ってしまうのは、いいのか悪いのか……。ダウン症の子供が実親に虐待されていたところを、引き取ったルディが裁判で、あれこれと無神経な問いを受ける場面が、9月7日の東山の会見と重なって見えたりもして。 それとこれとを混在してはならないとは思うのだが、物語が、世の中に起こりがちなことを見事に描き出しているともいえる。 それはつまり、正しいことを追求することは大事だが、自分の正義を信じ過ぎると、正義とはまた別の暴力になることがあり、自身の理想にはまらないことへの寛容さが失われてしまうことである。
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最後の舞台として伝説となるだろう
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