アップデート④母の情に少しも流されない/⑤男が母を説得する構図にしない
石田ゆり子演じる寅子の母・はるも、観る者に多くを投げかけてくれる人物である。
進学を切望する寅子の前に立ちはだかる、母という存在。悪気は、ない。なかば強引にお見合いを進めるのも、娘に幸せになってほしいからであり、当時の一般的な価値観が母・はるをとおして体現される。

©NHK
「ドラマの作り手として展開を考えた場合、“母の情にほだされ葛藤する娘の心情”を描いたほうが母娘どちらの世代からも共感が得られる、という判断になりがちです。また同様に、“感情的な母を、周囲の物腰やわらかな男性たちがなだめて丸くおさめる”というのも、それぞれのキャラを立てることになるので選びがちになると思います。
しかしそうして描かれる母はステレオタイプだし、女性は感情的で男性は冷静、という偏見の強化にもつながります」
寅子がひそかに進学の準備をしていたことを母が知り、母娘は真っ向から話し合うことになる。母は娘の夢を頑として受け入れない……と思いきや、後日、娘が法律家の男性から「逃げ出すのがオチだ」といわれている場に出くわし、男を一喝する。

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「共感を得るために主人公に無駄に葛藤させたり、ステレオタイプな母親像をなぞったりすることなく、そのうえで主人公に最初からぶれない強い意思を持たせる。同時に母の側にも、男に『お黙りなさい!』と言い、女性差別を助長する男性の罪について喝破するだけの知性と強さを付与した……第5回の展開はすばらしかったです。
制作側に、絶対にジェンダーバイアスを強化するようなストーリー展開にはしないという非常に強い意思があるだろうことを確信した回でした」
【瀧波ユカリさん「虎に翼」インタビュー後編】⇒
NHK『虎に翼』が起こす不思議な現象とは?10年以上続く“ネット朝ドラ考察文化”の強さ|瀧波ユカリさん
朝ドラは幅広い年齢層が視聴するため、“あるある”が散りばめられることで安心して見られる人たちも一定数いるだろう。けれど時代が変われば、そこに視聴者が生きる実社会との齟齬(そご)がどうしても生じる。
そのひとつひとつを「はて?」と見直し、アップデートすることで、寅子にエンパワメントされ「これは私の物語だ」と共感する新たなファンが取り込まれている。
「虎に翼」、どんなアップデートを見せてくれるのかも、今後の見どころのひとつだろう。
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NHK『虎に翼』が起こす不思議な現象とは?10年以上続く“ネット朝ドラ考察文化”の強さ|瀧波ユカリさん
【瀧波ユカリ】漫画家。1980年札幌市生まれ。日本大学芸術学部を卒業後、2004年に24歳のフリーター女子の日常を描いた4コマ漫画『臨死!!江古田ちゃん』でデビュー。同作はアニメ・ドラマ化。現在は『わたしたちは無痛恋愛がしたい』を連載中。モトカレマニア/ありがとうって言えたなら/あさはかな夢みし等、漫画とエッセイ、TVのコメンテーター等幅広い活動を展開。
<構成・文/三浦ゆえ>
三浦ゆえ
編集者&ライター。出版社勤務を経て、独立。女性の性と生をテーマに取材、執筆を行うほか、『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』(宋美玄著、ブックマン社)シリーズをはじめ、『50歳からの性教育』(村瀬幸浩ら著、河出書房新社)、『リエゾン-こどものこころ診療所- 凸凹のためのおとなのこころがまえ』(三木崇弘著、講談社)、『新生児科医・小児科医ふらいと先生の 子育て「これってほんと?」答えます』(西東社)などの編集協力を担当。著書に『となりのセックス』(主婦の友社)、『セックスペディアー平成女子性欲事典ー』(文藝春秋)がある。