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「維新による文化軽視」と批判もあるが実情は…“博物館の収蔵品廃棄”の知事発言うけ館側が明かす

資料の整理に追われるのは新任学芸員

古民家内にはかまどが並ぶ

古民家内にはかまどが並ぶ。奈良県では「おくどさん」と呼ぶ

 そういった資料の整理作業に追われる現在の学芸員は全員、近年赴任してきたのだという。 「今は3人の学芸員が在籍していますが、一番古くいる人で2022年、あとの二人も2023年に赴任したばかりです。本来は資料をもらった時にやるべき収蔵品のデータ整理を、新任の彼らが取り組んでいるのです」  2024年度に奈良県が民俗博物館整備事業に計上した金額は、約4800万円。また13日には、同県香芝市の三橋和史市長が「資料の一部を受け入れたい」という考えを示した。  行政の予算にも保管展示の場所にも限りがあることは確かだが、民俗資料は一度廃棄してしまったら二度と戻ることはない、大切な歴史の証拠品である。行政・博物館・県民の三者にとって納得のいく結末が迎えられることを願いたい。

資料の廃棄に関して、学者の見解は?

 さて、今回の件を専門家はどのように見ているのだろうか? 国立歴史民俗博物館・総合研究大学院大学名誉教授であり民俗学者の新谷尚紀さんに見解をうかがった。  新谷さんは重要な論点を3つ挙げた。第一に「これまでの学芸員の仕事」についてだ。 「この件でまず大切なのは再発を防ぐことであり、そのためには未整理の収蔵品が溢れてしまった経緯を明らかにすることです。原因は、これまでの学芸員の仕事の仕方にあるはずです。そもそも、博物館では収蔵する資料を見極める必要があります。それは専門職である学芸員の仕事です。民俗学も学問ですから、資料の出自と固有名詞と数値のデータが明確であることが重要で、その要件を満たす資料を収集・保管していくべきでした。しかし、やや無責任な対応が続いたことにより、今回のような問題が起こったようでたいへん残念です」  第二に「資料の取捨選択の基準設定」について。 「奈良県の生活文化を説明するうえで、それぞれの資料の重要性を判断するのが良いでしょう。ただ、奈良県といっても奈良盆地、東山中の山間部、紀ノ川筋、吉野の広大な山間地域もあり、地域によってさまざまな暮らしが営まれてきました。ですから、地域ごとの特徴を考慮することも大切です。在籍する学芸員が基準の案を出し合い、また、県内の他の博物館や資料館の意見も参考にしながら検討するのが良いと思います。 本当に過酷な負担になることでしょうが、保存と研究と展示という展望の中で、改めて『奈良の民俗とは何か?』を真剣に考えてもらい、より魅力的な博物館に生まれ変わることを切に念願します。災転じて福となす、というような対応を期待しています」  最後に「奈良県の行政の責任」も指摘した。 「もちろん奈良県の行政にも責任があります。博物館の問題が分かっていたにもかかわらず、長い間放置していたのですから。その無責任な姿勢も大きな問題なのです。山下真氏が維新であることに批判が集まっているようですが、それまで4期16年にわたって県政を率いていたのは自民党の荒井正吾氏でした。むしろ新たな知事になったことで、見て見ぬ振りをされていた問題にメスが入ったとも言えるでしょう」  収蔵品問題は奈良県に限った話ではない。2019年度の日本博物館協会による調査では、全国2300あまりの博物館のうち「収蔵庫が9割以上埋まっている」「入りきらない資料がある」の回答は合わせて60%近くにのぼった。これらの回答の中には、奈良県同様に未整理の資料で収蔵庫が埋まっているケースもあれば、単純に収蔵面積が足りていないケースもあるだろう。  かけがえのない文化を後世に伝えていくために、文化庁と地方行政とがより良い対応を考え、また市民である私たちも注意し続けなければならない問題なのだ。 <取材・文・撮影/岸澤美希>
岸澤美希
國學院大學卒の民俗学研究者。編集者・ライター・ポッドキャスター。論著に「関東地方の屋敷神―ウジガミとイナリ」(『民俗伝承学の視点と方法』新谷尚紀編、吉川弘文館)などがある。ポッドキャストで「やさしい民俗学」を配信中
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