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米津玄師、尾崎豊と同じ“カリスマ”だと証明したワケ。ネットが驚いた発言とは?

語りすぎない態度がかえってインパクトを強める

 また、米津は語りすぎないという美点も持っています。物事の大枠はつかむけれども、それ以上は深追いしないのです。  たとえば、インタビューの中で浅田彰によるニーチェの「超人」解釈を、<「超人」にある強者性というのは、決して自分を顧みず、誰の言うことも聞かず、自分の我を通したいがために動くようなものではない。>というものであって、苦痛や不安を経験しても、自分という存在の外に向かって意識を開いていくことができる人のことを「超人」と呼ぶのだと、解説しています。  そしてそうした感覚を自分の人生の振り返りととともにリンクさせて、実感をともなった体験として読者と共有する。
 ただし、そこまで、なのです。関連して別の書籍や文献を引いたりして、解釈をさらに解釈するようなことはしない。そのさっぱりとした態度が、かえって浅田彰とニーチェを引き合いにだしたことのインパクトを強めている。  あとは、哲学や思想に詳しい人達が勝手に騒いでくれるというわけですね。

尾崎豊は思想家の影響を反映し80年代のアイコンに

 さて、今回のインタビューと、社会に与える影響を見て思い出すのが、尾崎豊です。  尾崎も哲学者の柄谷行人や思想家の吉本隆明からの影響を作品に反映させ、自身のカリスマチックなイメージとともに80年代のアイコンとなりました。「LOVE WAY」という曲には、<真実なんてそれは共同条理の原理の嘘>という歌詞もあり、吉本の本から大きなインスピレーションを得たことがうかがえます。
尾崎豊「ALL TIME BEST」SMR

尾崎豊「ALL TIME BEST」SMR

 尾崎も米津も、鋭いビジュアルでミステリアスな雰囲気を漂わせている点では共通しています。そんな時代を隔てた彼らが浅田彰や柄谷行人に言及しているというのは、興味深い現象です。  いずれにせよ、米津玄師の曲には、音楽に限定された小手先の技術や知識だけではない、実存的な核のようなものがあるのではないか。  そんな信念も垣間(かいま)見えるインタビューでした。 <文/石黒隆之>
石黒隆之
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。いつかストリートピアノで「お富さん」(春日八郎)を弾きたい。Twitter: @TakayukiIshigu4
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