Entertainment

朝ドラ『あんぱん』、戦時中の日本の描写で「やらなかった表現」とは? “お涙頂戴”を作らない制作のこだわり

“逆転する正義”を体現した、新たなヒロイン像

 本作で特筆すべきは、のぶが“ヒロインらしからぬ”存在であることだ。軍国主義に染まるなど、朝ドラのヒロインにしては珍しく、応援しにくい性格をしている。独自のヒロイン像を見せるのぶは、どのようにして生まれたのか。 「本作の構成を考える際に、脚本家の中園ミホさんと話したのですが、『正義は逆転する』というテーマはどうしても描きたい、となりました。それをヒロインに体現させたかったのですが、やはり軍国主義に染まり、空気に流されるヒロインでは共感されにくい。むしろ蘭子(河合優実)のほうが従来の朝ドラのヒロイン像には合っています。  ただ、当時を生きる人にとっては、お国のために戦争をすることが“正義”だったわけです。その正義が逆転することを、ヒロインに体現させたかったため、のぶの方向性を決めていきました」 NHK『あんぱん』 とはいえ、「かなりの賭けですよね」とヒロインを戦争に迎合させることに怖さもあったようだが、「危機感はあったけど、そこは思い切って描かないといけないと思っていました」と振り返る。  そんなのぶ役はオーディションを経て、今田が選ばれた。柳川氏は「すごく純粋な精神を持っている人だと思ったんです」と選考理由を話す。 「だからこそ、当時の“正義”に順応できるし、8月15日を境に価値観を変えることもできる。そんなのぶを今田さんなら上手く演じられると考えました。また、のぶは共感されにくいヒロイン像ではありますが、『今田さんが演じることで、“100%の嫌悪感”を持たれることはないだろう』とも思いました」

蘭子と豪の回想シーン、演出の背景は

 ちなみに、“従来のヒロイン像”に近い蘭子といえば、想い人・豪(細田佳央太)の戦死を知らされる第38回のインパクトが強すぎた。多くの視聴者の心を震わせたエピソードだが、「もともと豪の回想シーンは決まっていたのですが、ふと『蘭子が豪を好きになる瞬間の回想にすれば、より悲しくなるのでは』と考えました」と明かす。 「蘭子の下駄の鼻緒が切れて、豪が蘭子の手を自分の肩に引き寄せ、手拭いを破って鼻緒を作って結び直す。これは明治や大正といった時代における男女の惹かれ方の一つのパターンですが、それをイメージしました。そして、その記憶を思い起こしたあとに1人で佇んでいれば、孤独や悲しみは倍増しますよね。河合さんは見事に演じてくれましたNHK『あんぱん』 ちなみに、この回想は“豪と蘭子のエピソード0”と位置づけており、「ライクがラブになった瞬間だから思い切りやってください」と説明して撮影したという。河合はもちろん、細田の演技力があったからこそ、蘭子の表情や言動に視聴者の目頭が熱くなったのだろう。  柳川氏をはじめとする制作陣の「当時を描く」という意識が、本作の魅力と重厚さにつながっている。当時を生きた人々の等身大の姿をこれからも見届けていきたい。 <取材・文/望月悠木>
望月悠木
フリーライター。社会問題やエンタメ、グルメなど幅広い記事の執筆を手がける。今、知るべき情報を多くの人に届けるため、日々活動を続けている。X(旧Twitter):@mochizukiyuuki
1
2
Cxense Recommend widget
あなたにおすすめ