『あんぱん』の脚本家登場があたたかく見守られた理由
本来なら、設定変更やカットすべきエピソードも、書くのは脚本家であり、事実という印籠があることによって
ストーリー上どんな違和感ある出来事でも取り込まざるを得なくなります。
そして視聴者が置き去りにされ、それによって生じるドラマ自体の批判の矛先として、脚本家が責められ、元凶として「自身をモデルにした」ことへの批判に繋がっていくのでしょう。

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これらのことをふまえると、『あんぱん』の中里佳保登場が肯定的に受け取られた理由が見えてきます。
まず、佳保という登場人物が
批判上等の憎らしい子供だったことがあげられます。実際、佳保について「こんな子、すぐにでも追い返したい」「非常識」という“役柄に対しての批判”は多くありました。実際、中園少女がどういう子供だったのかはわかりませんが、脚本家の美化アピールには見えませんでした。
次に、中園氏とやなせ氏との交流のエピソードが史実だったということ。中園氏がゲストの『ファミリーヒストリー』(NHK)でも語られていたように、この出会いが朝ドラ執筆のきっかけになったと言います。
アンパンマン誕生のきっかけや2人の引っ越しなどが、佳保の手柄になってるという意見はありますが、ストーリーの方向性を微妙に変化させるためのスパイスとして自然に描かれていたのではないでしょうか。
佳保がいたことで、嵩が以前描いた元祖アンパンマンの存在を視聴者が忘れぬうちに引き出し、質素なふたりがあの家から引越しするきっかけをテンポよく作ることができました。また、当時のエピソードや、やなせ氏が実際に中園氏に書いた似顔絵が公式SNSで公開され、「もしかしたらそうなのかも」と思わせるようなフォローも十分だったと思います。

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一番大きいのが、登場が1話だけでスパッと終わったところでしょう。この潔さは、あくまでもドラマの主人公は柳井嵩とのぶであるという、作品への愛と謙虚さに見えました。
作品の良し悪しは脚本家で決まると言われています。ヒット作が出ればもてはやされキラキラしているように見えますが、出来が悪かったり問題が起これば、本来責任を負うべき監督やプロデューサーよりも批判の矛先が向かう……。
そして、自己顕示欲見えれば批判され、どのスタッフよりも謙虚であることが求められる職業なのです。
<文/小政りょう>
小政りょう
映画・テレビの制作会社等に出入りもするライター。趣味は陸上競技観戦