朝ドラのヒロインは、その生き様で視聴者に勇気や笑顔を与えることが多い。だが、軍国主義に染まり、一つの仕事を全うできなかったのぶは、その典型から外れていた。
とはいえ、戦時中に同じように軍国主義を信じた人、さらには「何者にもなれない」と悔やむ人は、のぶ以外にも大勢いたはずだ。そう考えると、のぶは“特別な存在”ではなく、むしろ視聴者に近い等身大の人物だったと言える。

『連続テレビ小説 あんぱん メモリアルブック (TJMOOK)』(宝島社)
『あんぱん』ではのぶの軌跡が描かれていたが、“覚醒イベント”が起きて急に“主人公にふさわしい”超パワーが備わるようなことはなかった。地道に、壁にぶち当たりながらも、それでも懸命に前に進もうと走り続ける姿が描かれたのみだ。だからこそ、戦争それ自体の恐ろしさ、戦争が作り出す全体主義的な空気感、さらには「何者にもなれないこと」に対する葛藤をより実感でき、自分事として考えることができた。
言い換えれば、のぶを“朝ドラヒロイン”と捉え続けていると、本作の面白さやメッセージを見落としてしまいそうな気もする。
また、何者にもなれないことについて触れたが、「何者にもなれなくて良い」というメッセージも勝手に受け取った。

『あんぱんまん (やなせたかしのあんぱんまん1973)』(フレーベル館)
『アンパンマン』の布教活動として子どもたちに読み聞かせをする際には教師時代の経験が、ミュージカル『怪傑アンパンマン』の練習中には元夫・次郎(中島歩)から託された速記のスキルが活かされていた。のぶはたしかに、何者にもなれなかったのかもしれない。だが、のぶが懸命に走り続けることで培われた技術や経験は、本人の思いもよらないところで誰かの役に立っている。何者にもなれなくても、何もできないわけではない。そう思いたくなるのは、のぶが何者にもなれない主人公だったからだろう。
のぶは“自己投影型の主人公”であり、同調圧力に流されやすい性格や何者にもなれないことによる葛藤など、自分自身が有している目を背けたくなる嫌な部分を突きつける瞬間が多い。だからなのか、のぶに嫌悪感を示す声もSNSでちょくちょく見かけたが、それでも『あんぱん』の主人公がのぶで良かったと間違いなく言いきれる。
<文/望月悠木>
望月悠木
フリーライター。社会問題やエンタメ、グルメなど幅広い記事の執筆を手がける。今、知るべき情報を多くの人に届けるため、日々活動を続けている。X(旧Twitter):
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