また、個人的には漫画懸賞で大賞を受賞した嵩のお祝いを、嵩とのぶ(今田美桜)の家で行ったシーンでの、たくやが醸し出す空気が好きだった。たくやは「僕は本当に感動してます。それだけのキャリアがありながらも、コンクールに挑戦する……ファイティングやないさんに」と言ってファイティングポーズを作り、隣に座っていた健太郎(高橋文哉)をチラ見。
“ファイティングやない”とは、嵩が仕事を断らずに引き受けることから、健太郎の勤務先・NHK内で広まっていた嵩の“勲名”で、健太郎はしきりにこの言葉を口にしていた。言い換えれば、健太郎くらいしか使っていなかった言葉を、たくやがあえて使ったものの、健太郎はスルーして普通に喋り出す。その時のたくやは「ちょっと待ってくださいよ!」と言い出しそうな、残念そうな笑みを浮かべたが、その表情がたまらなく好きだった。
そんな微笑ましい場面もある『あんぱん』だが、戦争を経験して傷を抱える登場人物が多いのも本作の特徴。戦争が残した一生癒えない傷跡は頻繁に描かれ、各人物にはどこか影が差している。その一方で、たくやは登場から終始明るい。とはいえ、ただふざけているわけではなく、空気感を壊さずにユーモラスに演じており、大森のバランス感覚に驚かされる。
とはいえ、決して三枚目キャラというわけでもない。第99回では『見上げてごらん夜の星を』をアカペラで、第101回ではピアノを伴奏しながら『手のひらを太陽に』を歌っていた。やはりミセスという巨大バンドのフロントマンを務める大森が音を奏でると、独特の緊張感と高揚感が生まれる。この空気感はたくやにしか作り出せないもので、作品にまた違った風を吹き込んでいた。
スピンオフでも『あんぱん』とはまた違った味わいを表現してくれるかもしれない。なにより、大森の本業はミュージシャンだ。次に演技を見せてくれるのがいつになるかはわからない。大森のレアな演技を目に焼き付けるためにも、「男たちの行進曲」を楽しみに待ちたい。
<文/望月悠木>
望月悠木
フリーライター。社会問題やエンタメ、グルメなど幅広い記事の執筆を手がける。今、知るべき情報を多くの人に届けるため、日々活動を続けている。X(旧Twitter):
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