歌舞伎好きが考える「国宝はなぜこんなにもヒットしたのか」

歌舞伎座一階。大変に広い
物語において、主人公は目的があり欲しいものがあり、それが手に入らず苦しみ、壁にぶつかり、最後に欲しいものを手に入れる。『国宝』の映画版ストーリーはこうしたセオリーに非常に忠実であり、上下巻という原作の長さを3時間にまとめていました。
そして映像美、俳優さんたちの美しさ・演技力による説得力が、スクリーンの中に歌舞伎という独自の世界を描き出した。『国宝』ヒットの理由としては、映画としての出来の良さがまず挙げられるでしょう。
さらに、日本が誇る歌舞伎という文化が持っている魅力、日本の美をかぶりつきで楽しむ体験が、現代人に新鮮に、色彩鮮やかに写ったのではないでしょうか。
さらに言えば、「経験の貴重さ」。タイパ(タイムパフォーマンス)が重視され、ショート動画しか見てもらえない時代に、3時間の映画を観客全員で(お手洗いを我慢しながら)見るという、いわば真逆の体験です。これもヒットの理由の一つではと思っています。
ヒットすると相乗効果もどんどん生まれるもので、「8時だヨ!全員集合」の翌日の学校のように、『国宝』が共通の話題となっていく。江戸の街も、歌舞伎が評判になると町中に噂が飛んだと言われていますが、その再現が令和でされたようだと感じています。
なお、一点補足しておくと(趣味でnoteも書きましたが)、あくまであれは「東宝が作った歌舞伎が舞台の映画」。私は“雪化粧をまぶした歌舞伎の世界”と呼びました。
なので、リアル歌舞伎に行くときは、「野球漫画を読んで高校野球を観に行く」感覚だと齟齬がないかと存じます。

尾上菊五郎襲名披露公演の幕。ティファニー!
さて、その相乗効果は歌舞伎の登録商標を持つ本元・松竹にも生まれております(実は歌舞伎という単語と定式幕の色は松竹が商標を持っています、豆知識)。
尾上菊之助さんの菊五郎襲名もあり、歌舞伎座への来訪者数は非常に増えたそうです。なにしろ、しばらく赤字だった松竹の演劇部門が黒字に転換するというデータが発表され、株主や歌舞伎ファンを驚かせた事は記憶に新しいです(余談ですが、私が映画館に通った『劇場版 忍たま乱太郎』の興行収入・グッズ売り上げも追い風だったようです)。

歌舞伎座ギャラリーにて。本物の小道具で写真が撮れました!
松竹さんもここぞとばかりにたたみかけ、通し狂言(注:全編通しで上演すること。通常はおいしいとこどりの、いわばダイジェストでの公演)の上演に伴い、インバウンドも視野に入れた気合の入った企画展を、歌舞伎座の上にある「歌舞伎座ギャラリー」で公開をするなどしていました。
こちらはなんと本物の小道具・舞台装置と写真が撮れるというファン垂涎のコーナーがあり、ウキウキワクワクで楽しみました。
『国宝』ポスターにも使われた『二人道成寺』のシネマ歌舞伎を再上映も行っていましたし、主人公・喜久雄と俊介が演じる『曽根崎心中』を2026年、京都南座で上演します。テレビでも活躍する尾上右近さん、そして『国宝』において吾妻徳陽名義で所作指導を担った中村壱太郎さんが主演です。