決定的だったのは、その直後の出来事です。
「テーブルの上に乗ってきた猫のマリちゃんを『おい、邪魔なんだよ!』って、思いっきり平手打ちみたいな感じですっ飛ばして、壁に激突させたんです。それを見た瞬間、完全に引いてしまって……」
ほんの数分前まで、猫を可愛がり、穏やかに笑っていた同じ人物とは到底思えない行動。その衝動的で暴力的な振る舞いに、紀香さんは言葉を失いました。しかし、ここでも家族は大騒ぎすることなく、慣れた様子でその場をやり過ごしていたそう。

※画像はイメージです
その光景は、紀香さんの心に深い疑念を残しました。「お父さんと隆さんは別の人間だと分かっている。けれど、もし隆の笑顔の奥に、お父さんと同じ暴力性が眠っていたら……?」。そう考えると、不安は消えるどころか、日を追うごとに大きくなっていきました。
「急遽、私の両親に挨拶に行くのを止めて、今住んでいるマンションを更新するから、同棲の話はなかったことにしてほしいとお願いしました」
隆さんは悲しそうな表情を浮かべながらも、その申し出を受け入れてくれたそう。しかし、一度生まれてしまった価値観の溝は、簡単には埋まりませんでした。紀香さんの中で拭えない違和感は、やがて2人の関係にも影を落とし、最終的に別れという選択に至ったといいます。
「お父さんの穏やかさの裏に潜んでいた異常性と、それを問題として扱わない家族の空気が、とても怖く感じたんです。あの日の挨拶がなければ見えなかった現実に、今振り返ってもゾワッとするんですよね」と眉間にシワを寄せる紀香さんなのでした。
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<文・イラスト/鈴木詩子>
鈴木詩子
漫画家。『アックス』や奥様向け実話漫画誌を中心に活動中。好きなプロレスラーは棚橋弘至。著書『女ヒエラルキー底辺少女』(青林工藝舎)が映画化。Twitter:
@skippop